本題に入る前に・・・
このタイトルにある「マハラジ」という言葉の正確な意味がわかんないんだよねー(笑)
スピ好き、ヨガ好き、インド好きの人は知ってるか、よく聞くか、どっちかだと思うんだけど、
私も初めてのインドから意図せずもパンディット達と生活を共にしていたため、
インドのこういう単語は耳なじみがものすごくあるんだけど正確な意味を知らなかったりする(^ ^;;
しかも超ヴァータなので知識の浅さが気にならない(笑)
何年間も浅~~~いままきたわ~~。
なんとな~~くな感じで・・・スワミという意味さえもなんとな~~くな感じで、最近ようやく正確な意味を知ったわよ(笑)
このテキトーさ、自分でもビックリだよ。
てなわけで。
ここでいう「マハラジ」というのは、当時私が結構長い事滞在していたアシュラム(もどき?)に突然滞在し始めた、オレンジ色の布を着て、毎日長い時間マントラを唱えながらシャワールームを独占して水浴びし、それ以外は何かしてるの見たことないという・・・なぞのオッサン。
しかし一緒にアシュラムで生活をしていた若いパンディット達はマハラジと言って崇めていた。
そのマハラジがどうしてそのアシュラムに住むようになったのか・・・その頃私はヒマラヤの山の中の村でストレスぱんぱんで暮らしていたので、事情がよくわからない。
とにかく村からようやく解放されてリシケシのアシュラムもどきに帰ってきたらその人がいた。
なので「よくわからんオッサン」という印象のまま。あんまり喋んないし。
が、ある日、息子のように愛し、母のように愛してくれたパンディットの一人が「あのマハラジは手相を見れるんだよ。あの人はすっごい人なんだよ。手相見てもらいなよ。」と言うので、その当時占星術を信じて生きていた私はドキドキしながらさっそく見てもらった。
とにかくとっつきづらいオッサンと思っていたため、それまで全然喋ったことがなかったのに、私の右手をとって手のひらを見るなり笑った。
むっ。。。なんなのよーーーーー。 と、心の中で思った。
「こんな複雑な手相はなかなかいない」と言って笑っている。
たしかに私の手には縦横無尽に線があるけど、私は皺だと思っているんだ!!
これを複雑な手相だなんて!コワイこと言うな!!
と心の中で思った。
「ワタシ結婚したいの!結婚してシアワセになりたい!」
別に何にも問題があるとは思えない結婚生活を自ら打ち切った私デスガ、
なんだかんだその後荒波に揉まれ(勝手に波に向かっていったんだけど・笑)
なんか疲れちゃって「結婚して楽になりて~~~」と、一度結婚生活を経験したことあるヒトとは思えないような安易なことを思っていた浅はかな私。
なのに・・・マハラジはクールに言い放った。
「お前の幸せは結婚じゃない。結婚を望むな。」
ただでさえ、ヒマラヤの村暮らしでストレス抱え込んで、更に楽したい欲が高まっていた時にこの言葉。
「私は文化的な生活の中で楽したいの!!」・・・と心の中で思っていたのに・・・・
更にこんなマハラジの言葉が続く。
「お前は常に苦労する道を選ぶ」
がーーーーーーん。。。。。
「何度生まれ変わってもお前は苦労する道を選ぶんだ。それはヨギの魂だから。」
忘れもしません。私はその後2日間、ショックのあまり心のコントロールができなくなり気持ちを紛らわすために過食症ほど食べまくっていたのデシタ。。。
その頃私もヨーガを始めて1年半くらいの頃で、普通なら「ヨギの魂」なんて言われたら嬉しいのかもしれないけど・・・
忘れもしません。苦労するばっかりのヨギの魂、ヨガが大好きとか言ってる普通のきれいなオネーサンにあげたい、、、と思ったこと(笑)
こんなわからんちんだった私ですから、そりゃあマハラジから見てもその通りに見えていたわけで、
「明日から毎日一カ月間、夜明け前にガンガーへ行って沐浴をし、シヴァのテンプルでお祈りをしなさい」
「その時に”結婚できますように”なんて祈ってはいけないぞ!”どうか私の心が静まりますように”と祈るんだ。わかったな?」と仰った。
私は律儀にもその翌日から一カ月間、野犬に襲われそうになりながら木刀片手に、夜明け前にガンガーまで歩き、沐浴をして、その帰り道にあるシヴァテンプルでインド人に混じってお祈りをした。
一カ月後、私の心は静まった。
とは、とうてい思えないけど(笑)
その時にマハラジに言われたことがもう一つある。
「見ていなさい。5年後お前は”何もないけど私は幸せ”って言っているぞ」
その言葉はなんとなく頭に残っていて、時々思い出しては
「うーーーん、無理っぽい。何にも無さ過ぎる。この状態で幸せと言うことは正直出来ない」
と思い続けていた。
なのデスガ、ほんとーにここ最近、ほんとーにここ数カ月くらいの最近、思うのです。
あれ?私ってなんか幸せじゃない?
まさに何にもないし、何にも変わってないタダの地味~なチンチクリンな人生の上で生きてるんだけど、
こんなんでも私結構自分のしたいように生きてるよね~?
こんなことくらいしか考えてなかったからこんな感じの人生だけど(笑)
考えてたことだいたいやってるよね~?え?それって幸せじゃんね~?
って。
そして恐ろしい事に気づいた。
今ってあのマハラジの言葉の5年後じゃない?!!
ヨギの魂っていう定義も、魂について色々学んできた今、よくわかんね~な、とは思うけど、
今となってはその言葉も有難い。
真理を知って、神が望むように生きていければそれが幸せ、と思う今の私にとっては、
ただのオッサンだと思っていたあの人が言ったことが「本当のことだったのかも」と思える。
あのオッサンは今思い出すと本当の実践者だったもんな~。
「これを知りたければ金を払え」と自分のビジネスの成功と智慧を授けることが一緒くたになってる今時のグルジーとは違ったよね~。
たまたま数日前、棚の中で折れ曲がっていた「いんどのーと」を発見したんだけど、
これには初めてor2回目のインドでのインド占星術の結果をメモしてあって、
ここにも当時理解できずにいたけれど、今読んでみると鳥肌が立つくらい「こういうことかー」っていうことが書いてあった。
今頃ですが、自分の人生を生ききることに決心がついた今日この頃でゴザイマス。
このタイトルにある「マハラジ」という言葉の正確な意味がわかんないんだよねー(笑)
スピ好き、ヨガ好き、インド好きの人は知ってるか、よく聞くか、どっちかだと思うんだけど、
私も初めてのインドから意図せずもパンディット達と生活を共にしていたため、
インドのこういう単語は耳なじみがものすごくあるんだけど正確な意味を知らなかったりする(^ ^;;
しかも超ヴァータなので知識の浅さが気にならない(笑)
何年間も浅~~~いままきたわ~~。
なんとな~~くな感じで・・・スワミという意味さえもなんとな~~くな感じで、最近ようやく正確な意味を知ったわよ(笑)
このテキトーさ、自分でもビックリだよ。
てなわけで。
ここでいう「マハラジ」というのは、当時私が結構長い事滞在していたアシュラム(もどき?)に突然滞在し始めた、オレンジ色の布を着て、毎日長い時間マントラを唱えながらシャワールームを独占して水浴びし、それ以外は何かしてるの見たことないという・・・なぞのオッサン。
しかし一緒にアシュラムで生活をしていた若いパンディット達はマハラジと言って崇めていた。
そのマハラジがどうしてそのアシュラムに住むようになったのか・・・その頃私はヒマラヤの山の中の村でストレスぱんぱんで暮らしていたので、事情がよくわからない。
とにかく村からようやく解放されてリシケシのアシュラムもどきに帰ってきたらその人がいた。
なので「よくわからんオッサン」という印象のまま。あんまり喋んないし。
が、ある日、息子のように愛し、母のように愛してくれたパンディットの一人が「あのマハラジは手相を見れるんだよ。あの人はすっごい人なんだよ。手相見てもらいなよ。」と言うので、その当時占星術を信じて生きていた私はドキドキしながらさっそく見てもらった。
とにかくとっつきづらいオッサンと思っていたため、それまで全然喋ったことがなかったのに、私の右手をとって手のひらを見るなり笑った。
むっ。。。なんなのよーーーーー。 と、心の中で思った。
「こんな複雑な手相はなかなかいない」と言って笑っている。
たしかに私の手には縦横無尽に線があるけど、私は皺だと思っているんだ!!
これを複雑な手相だなんて!コワイこと言うな!!
と心の中で思った。
「ワタシ結婚したいの!結婚してシアワセになりたい!」
別に何にも問題があるとは思えない結婚生活を自ら打ち切った私デスガ、
なんだかんだその後荒波に揉まれ(勝手に波に向かっていったんだけど・笑)
なんか疲れちゃって「結婚して楽になりて~~~」と、一度結婚生活を経験したことあるヒトとは思えないような安易なことを思っていた浅はかな私。
なのに・・・マハラジはクールに言い放った。
「お前の幸せは結婚じゃない。結婚を望むな。」
ただでさえ、ヒマラヤの村暮らしでストレス抱え込んで、更に楽したい欲が高まっていた時にこの言葉。
「私は文化的な生活の中で楽したいの!!」・・・と心の中で思っていたのに・・・・
更にこんなマハラジの言葉が続く。
「お前は常に苦労する道を選ぶ」
がーーーーーーん。。。。。
「何度生まれ変わってもお前は苦労する道を選ぶんだ。それはヨギの魂だから。」
忘れもしません。私はその後2日間、ショックのあまり心のコントロールができなくなり気持ちを紛らわすために過食症ほど食べまくっていたのデシタ。。。
その頃私もヨーガを始めて1年半くらいの頃で、普通なら「ヨギの魂」なんて言われたら嬉しいのかもしれないけど・・・
忘れもしません。苦労するばっかりのヨギの魂、ヨガが大好きとか言ってる普通のきれいなオネーサンにあげたい、、、と思ったこと(笑)
こんなわからんちんだった私ですから、そりゃあマハラジから見てもその通りに見えていたわけで、
「明日から毎日一カ月間、夜明け前にガンガーへ行って沐浴をし、シヴァのテンプルでお祈りをしなさい」
「その時に”結婚できますように”なんて祈ってはいけないぞ!”どうか私の心が静まりますように”と祈るんだ。わかったな?」と仰った。
私は律儀にもその翌日から一カ月間、野犬に襲われそうになりながら木刀片手に、夜明け前にガンガーまで歩き、沐浴をして、その帰り道にあるシヴァテンプルでインド人に混じってお祈りをした。
一カ月後、私の心は静まった。
とは、とうてい思えないけど(笑)
その時にマハラジに言われたことがもう一つある。
「見ていなさい。5年後お前は”何もないけど私は幸せ”って言っているぞ」
その言葉はなんとなく頭に残っていて、時々思い出しては
「うーーーん、無理っぽい。何にも無さ過ぎる。この状態で幸せと言うことは正直出来ない」
と思い続けていた。
なのデスガ、ほんとーにここ最近、ほんとーにここ数カ月くらいの最近、思うのです。
あれ?私ってなんか幸せじゃない?
まさに何にもないし、何にも変わってないタダの地味~なチンチクリンな人生の上で生きてるんだけど、
こんなんでも私結構自分のしたいように生きてるよね~?
こんなことくらいしか考えてなかったからこんな感じの人生だけど(笑)
考えてたことだいたいやってるよね~?え?それって幸せじゃんね~?
って。
そして恐ろしい事に気づいた。
今ってあのマハラジの言葉の5年後じゃない?!!
ヨギの魂っていう定義も、魂について色々学んできた今、よくわかんね~な、とは思うけど、
今となってはその言葉も有難い。
真理を知って、神が望むように生きていければそれが幸せ、と思う今の私にとっては、
ただのオッサンだと思っていたあの人が言ったことが「本当のことだったのかも」と思える。
あのオッサンは今思い出すと本当の実践者だったもんな~。
「これを知りたければ金を払え」と自分のビジネスの成功と智慧を授けることが一緒くたになってる今時のグルジーとは違ったよね~。
たまたま数日前、棚の中で折れ曲がっていた「いんどのーと」を発見したんだけど、
これには初めてor2回目のインドでのインド占星術の結果をメモしてあって、
ここにも当時理解できずにいたけれど、今読んでみると鳥肌が立つくらい「こういうことかー」っていうことが書いてあった。
今頃ですが、自分の人生を生ききることに決心がついた今日この頃でゴザイマス。
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