2015年9月28日月曜日

「真理」について学習ちゅう~

私の周りにはびっくりするほど「マリ」ちゃんや「マリコ」ちゃんがいっぱいいるのです。

ですが「真理」について・・・これはたくさんの「マリ」ちゃんや「マリコ」ちゃんについてではなく、
「真理(シンリ)」だよ~。
わかるか、言わなくても(笑)


先月終わり頃、ある方に「聖人の本、どんどん読んじゃって~」とかる~い調子でアドヴァイスをいただき・・・
私が色々と「腑に落ちない」と言ってる部分も「きっと腑に落ちるよ~」とかる~い調子で仰ってくださったので、それから2冊の聖人の本を読み終えた。

そのうちの一冊は「今更かぇ??」と言われるであろう、超有名な分厚い600ページくらいあるアノ本でアル。
3週間弱で読み終えたのは相当暇人の証でアル(笑)
実際面白すぎて空き時間はほとんど読書に費やして、読み返したり線引いたり、かなり入り込んだ。

そうとう頭デッカチになったと思う(笑)

休日が続いていつものルーティンが乱れたせいもあるかも知れないけど、
それだけじゃない感じで、なんだか少しアンバランスを起こしてる自分自身を感じる。

ある方が仰ったように色んなことが腑に落ちた。
だけど今までガッチリ身に着けてしまった思考のクセや、そこからくる行動のクセは、理解とは別の部分でしっかりと根付いていて・・・

「あ~またこんなこと考えてる~」
「あ~またこんなことやっちゃった~」と・・・

そのたびに独り言。。。

ねぇどうなの?神様? これはいくらなんでもひどすぎない??
これも考え方次第なの?やっぱり??
いやでも今の私レベルだとこれ限界だわ~~~。

とか、一人で神様に向かって喋ってるコワイ私です(笑)

そんな状態なんでどことなくバランスが悪く、ここんとこ妙に疲れやすかったかも。
で、昨日あたりから普段ほんとに睡眠時間短くて眠りの浅いワタシが寝てばっかり。
頭とカラダが相当休息したかったんだろーなー。
おかげさまで今はすっかり回復したぞー。


変化のプロセスっていうのは本当に面白いね。
人間は簡単に変わるよね。
「思い」「心」が変わるだけで、「体」も「とりまく環境」もすぐに変わり始める。
良くも悪くも。
だからせっかく努力して良くなったことも、努力を怠ったり、内側で間違いが起こるとすぐに元に戻っちゃう。

日々。すべてが日々、その瞬間なのです。


子供の頃に太陽系の外側の宇宙のことをよく考えた。

自分たち人間がこの世界を作ってる、みたいに思ってるけど、
実はこんな人間なんて私たちにとっての蟻んこみたいなもんで、
私たちの目には見えないくらい(微生物が私たち人間の全体像を見ることができないように、実像を把握できないくらい)デカイ存在があって、地球なんてその指先に乗っかってるほどのモンだったりして・・・

というようなことをいつも想像していた。

で、それはいつ始まったの?
で、いつまで続くの?

私のこの心、死んだらどうなるの?

また生まれ変わるとしても永遠に生まれ続けるのもこわい。
でもこれで終わるのもこわい。

そんなことをいつも考えて息ができなくなっていた(笑)

脳みそが追いつかないことを考えて、自ら恐怖のどん底に落ちている少女だった。
そしてその恐怖は実は結婚してからも続いていて(もう結婚は終わったけどね・笑)
ふとそのことを考えてしまい、息も絶え絶えの恐怖に落ちると、
だんなさんのところに丸まって「ヨシヨシ、大丈夫だよ」と、してもらったもんだ。


ヨーガと出会い、その時から片時もそこから離れずに6年がたったのは、
きっと私のこの永遠のテーマにリンクしていたからだと今思う。

ヨーガ・・・

ヨーガが好き。ヨーガしてます。って言う人が世界中にたーーーくさんいる今ですが、
ヨーガ好き同士が話をしても全く話が合わない、なんてことが起こりうるくらい幅広い捉え方をされているよね。

でも、ワタシ、ここだったんだ、って・・・

的がわかってめっちゃ人生がシンプルになって嬉しい生後50年なの(笑)

だーけーどー

問題はなかなか実践が伴わないってこと?(笑)

いつも「ヨーガは実践ありき!知識だけあっても実践しなければ何も変わりません!」
なーんて言ってる私だけどさー、

「常に」

ということが俗ど真ん中出身の私にはムズカシイ。
でも「常に」であらねばならんのだっ!!

がんばりたいス。
これがワタシの目指すところス。

どんな仕事をしていようと、どこに居ようと・・・心は神に。

2015年9月21日月曜日

5年前のマハラジの言葉

本題に入る前に・・・

このタイトルにある「マハラジ」という言葉の正確な意味がわかんないんだよねー(笑)
スピ好き、ヨガ好き、インド好きの人は知ってるか、よく聞くか、どっちかだと思うんだけど、

私も初めてのインドから意図せずもパンディット達と生活を共にしていたため、
インドのこういう単語は耳なじみがものすごくあるんだけど正確な意味を知らなかったりする(^ ^;;

しかも超ヴァータなので知識の浅さが気にならない(笑)
何年間も浅~~~いままきたわ~~。
なんとな~~くな感じで・・・スワミという意味さえもなんとな~~くな感じで、最近ようやく正確な意味を知ったわよ(笑)
このテキトーさ、自分でもビックリだよ。


てなわけで。

ここでいう「マハラジ」というのは、当時私が結構長い事滞在していたアシュラム(もどき?)に突然滞在し始めた、オレンジ色の布を着て、毎日長い時間マントラを唱えながらシャワールームを独占して水浴びし、それ以外は何かしてるの見たことないという・・・なぞのオッサン。

しかし一緒にアシュラムで生活をしていた若いパンディット達はマハラジと言って崇めていた。

そのマハラジがどうしてそのアシュラムに住むようになったのか・・・その頃私はヒマラヤの山の中の村でストレスぱんぱんで暮らしていたので、事情がよくわからない。
とにかく村からようやく解放されてリシケシのアシュラムもどきに帰ってきたらその人がいた。

なので「よくわからんオッサン」という印象のまま。あんまり喋んないし。


が、ある日、息子のように愛し、母のように愛してくれたパンディットの一人が「あのマハラジは手相を見れるんだよ。あの人はすっごい人なんだよ。手相見てもらいなよ。」と言うので、その当時占星術を信じて生きていた私はドキドキしながらさっそく見てもらった。

とにかくとっつきづらいオッサンと思っていたため、それまで全然喋ったことがなかったのに、私の右手をとって手のひらを見るなり笑った。


むっ。。。なんなのよーーーーー。 と、心の中で思った。

「こんな複雑な手相はなかなかいない」と言って笑っている。

たしかに私の手には縦横無尽に線があるけど、私は皺だと思っているんだ!!
これを複雑な手相だなんて!コワイこと言うな!!

と心の中で思った。


「ワタシ結婚したいの!結婚してシアワセになりたい!」

別に何にも問題があるとは思えない結婚生活を自ら打ち切った私デスガ、
なんだかんだその後荒波に揉まれ(勝手に波に向かっていったんだけど・笑)
なんか疲れちゃって「結婚して楽になりて~~~」と、一度結婚生活を経験したことあるヒトとは思えないような安易なことを思っていた浅はかな私。

なのに・・・マハラジはクールに言い放った。

「お前の幸せは結婚じゃない。結婚を望むな。」


ただでさえ、ヒマラヤの村暮らしでストレス抱え込んで、更に楽したい欲が高まっていた時にこの言葉。

「私は文化的な生活の中で楽したいの!!」・・・と心の中で思っていたのに・・・・

更にこんなマハラジの言葉が続く。


「お前は常に苦労する道を選ぶ」

がーーーーーーん。。。。。

「何度生まれ変わってもお前は苦労する道を選ぶんだ。それはヨギの魂だから。」


忘れもしません。私はその後2日間、ショックのあまり心のコントロールができなくなり気持ちを紛らわすために過食症ほど食べまくっていたのデシタ。。。

その頃私もヨーガを始めて1年半くらいの頃で、普通なら「ヨギの魂」なんて言われたら嬉しいのかもしれないけど・・・
忘れもしません。苦労するばっかりのヨギの魂、ヨガが大好きとか言ってる普通のきれいなオネーサンにあげたい、、、と思ったこと(笑)


こんなわからんちんだった私ですから、そりゃあマハラジから見てもその通りに見えていたわけで、

「明日から毎日一カ月間、夜明け前にガンガーへ行って沐浴をし、シヴァのテンプルでお祈りをしなさい」
「その時に”結婚できますように”なんて祈ってはいけないぞ!”どうか私の心が静まりますように”と祈るんだ。わかったな?」と仰った。


私は律儀にもその翌日から一カ月間、野犬に襲われそうになりながら木刀片手に、夜明け前にガンガーまで歩き、沐浴をして、その帰り道にあるシヴァテンプルでインド人に混じってお祈りをした。


一カ月後、私の心は静まった。
とは、とうてい思えないけど(笑)



その時にマハラジに言われたことがもう一つある。

「見ていなさい。5年後お前は”何もないけど私は幸せ”って言っているぞ」

その言葉はなんとなく頭に残っていて、時々思い出しては
「うーーーん、無理っぽい。何にも無さ過ぎる。この状態で幸せと言うことは正直出来ない」
と思い続けていた。


なのデスガ、ほんとーにここ最近、ほんとーにここ数カ月くらいの最近、思うのです。


あれ?私ってなんか幸せじゃない?

まさに何にもないし、何にも変わってないタダの地味~なチンチクリンな人生の上で生きてるんだけど、

こんなんでも私結構自分のしたいように生きてるよね~?
こんなことくらいしか考えてなかったからこんな感じの人生だけど(笑)
考えてたことだいたいやってるよね~?え?それって幸せじゃんね~?

って。

そして恐ろしい事に気づいた。

今ってあのマハラジの言葉の5年後じゃない?!!

ヨギの魂っていう定義も、魂について色々学んできた今、よくわかんね~な、とは思うけど、
今となってはその言葉も有難い。

真理を知って、神が望むように生きていければそれが幸せ、と思う今の私にとっては、
ただのオッサンだと思っていたあの人が言ったことが「本当のことだったのかも」と思える。

あのオッサンは今思い出すと本当の実践者だったもんな~。
「これを知りたければ金を払え」と自分のビジネスの成功と智慧を授けることが一緒くたになってる今時のグルジーとは違ったよね~。


たまたま数日前、棚の中で折れ曲がっていた「いんどのーと」を発見したんだけど、
これには初めてor2回目のインドでのインド占星術の結果をメモしてあって、
ここにも当時理解できずにいたけれど、今読んでみると鳥肌が立つくらい「こういうことかー」っていうことが書いてあった。


今頃ですが、自分の人生を生ききることに決心がついた今日この頃でゴザイマス。




 

2015年9月8日火曜日

毒親とかいう言葉があるらしいが・・・

なんかスゴイよね、日本って。(日本だけじゃないかも知れないけど)

ある日突然社会のあちこちで起こってたよくある問題に印象深い呼び名をつけて、急にどど~んと社会問題にするっていう。

古いけど「セクハラ」とかさぁ、もともとのセクシャルハラスメント(性的嫌がらせ)という意味を越えて、ちょっと気に食わない性別に関わる発言が何でもかんでも「セクハラ」になったり。

この「毒親」という言葉ができあがってしまって、親もやりにくくなるぜ~(笑)
もうちょっとした親の感情的な態度とかで「毒親」だよ(笑)


毒親の定義が色々あるみたいだけど、わかりやすい暴力や虐待などだけではなく、
「干渉型」「否定型」「価値観を押し付ける」などモロモロあって・・・・・

そういう目で見たらウチの親も結構な毒親なのね~。

普通なら私の年齢はもう自分が親だから(または孫がいても普通)
自分と親の関係なんてもうどうでもいいことなんだろうけど、
私はいまだに「娘」なので、まだ「娘」らしく親の事で苦しむ。


毒親を取り上げたTV番組で
「私は親に”子育てを間違えた””おまえは失敗作だ”と言われた」と語る相談者に、
コメンテーターは「うそ?」みたいに眉をひそめましたが・・・、

こっちこそ「うそ?」です。
「私同じこと言われてるけど?」てなもんです。

ちょうど両親揃って近くにいたので、
「こんなことウチも昔言ってたじゃんね~」と言うと、

母は「誰が?私?お父さん?ほんとに?」などと言い、

父は「親がそんなこと言うわけがない!」って・・・
でたよーーー!これが毒親だっつーの。

私はその時「失敗作」っていう言葉が結構面白く感じたので、
確か20代の初めころかな~、友達に「私失敗作らしいよ」って笑ってたけど、

親もそうやって感情的に無責任なこと言ったりするんだよ。
でも人間だから感情的になるのはしょーがないよね。

だけど「親がそんなこというわけがない!」みたいなのが一番イヤ!!!

その言葉の裏にあるのは「親の言うことは100%正しい!」だからね。
押しつけがましいね~。やだね~。


この父親、毒親どころか、毒人間だからね(笑)
このお方が私の父親になってから50年たっていますが、今更ながらこのキャラの毒々しさにびっくりしてる毎日です。

お母さんも弟も、そして私も・・・お手上げ。


こんなに「俺が」「俺が」って俺の話だけしたくて、人の話を聞かない人は見たことないし・・・

この間は朝から大音量で

「オマエノ イウコト ハ クダラナイ」
「オマエノ イウコト ハ クダラナイ」
「オマエノ イウコト ハ クダラナイ」・・・・・

と延々とリフレイン。(母に向かって、ね)

「オマエが一番クダラネーヨ!!!」と私は自分の部屋で精いっぱい叫んだつもりで、つぶやいた(笑)

だいたい生活がおかしいもん。

休日は(週の半分は休日ね、年寄りだから)
朝一から晩酌(笑) さんざん酔っぱらって朝10時頃には歯も磨いて本格的に寝るという・・・
意味わかんね~~~~~。

なので夜はそりゃ眠れないよね、私の隣りの部屋で真夜中もずーっとテレビつけっぱなし。
こっちも眠れねーぜ。。。耳栓必需品。
屁こき放題。ほんとに耳栓は必需品なのさ。

他にもたっぷりあるけれど、
人の悪口書くのは気分が悪いもんだ~ね~。
だからもうやめよ。

しかもおもしろいこと発見したの。
昨日バイト先で休憩時間にたまたま「男の人の幼児性」に向かいそうな話題になったので、
ウチの父の5歳児っぷりを話したら休憩時間がエンターテイメントになるくらい大ウケだったので、ある意味こんな特殊な父を持ったのもネタだな、と思って。
別に本格的にムカつかなくてもいいやって気になってる昨日~今日なのです。(^-^)

それにさ、父の孤独と寂しさもわかるからね。
でもこれは本人が気づかないとどうしようもないこともわかったから。
私もすっごく頑張れば少しは変わってくれるとは思うけど、ここまで強烈だと負けちゃう。

というわけで、毒親からそれた?
脱線は得意(笑)

スピリットからスピリットへ100年分のメッセージ

途切れ途切れのブログ更新。
「ここまで続けたからしょーがねぇって、時々書いてんじゃネーの?」という声を先日耳にしましたが(笑)
いや、そんなことはねース。

こんなどーでもいいような内容でも10分とかじゃ書けない私。
なので、なかなか心と腰を落ち着けて書く時間が作れない。
電車の移動時間とかはボーッとするのに忙しい!
平日は昼寝の時間を作るのに忙しくてブログまで手が回らないのです!

というわけで、今日は早起きして東京さWS受けに行って、ほんとはバイトに全然間に合うんだけど、クタクタに疲れるの嫌なので休みました!
そんな時間を利用して久々の更新~~~♪


私の心の中では絶え間なく色々なドラマが起こっていてネタは豊富なんだけど、
ここ一番最近、一昨日の出来事を聞いておくれ!!!ショーーーーゲキだぜ!!!(個人的に・笑)


たぶん前回インドから帰ってから(4月末)なんだかんだで一度も行っていなかった、謎の癒し空間・横須賀のインド・パラゴンカフェ。
そこのオーナー魔女、T子jiがなかなか来ない私を強制的に招待してくれた(笑)

ライブ。・・・があるらしい。

というくらいしかわからないまま、有難くご招待に預かり久しぶりのパラゴンカフェに足を運んだ。
仕方なく行ってるから疲れちゃうアルバイト疲れと、
週末になると朝から夜中まで遊んじゃう遊び疲れとで、
なんだか体が重たいな~なんてことを思いつつ・・・
でもとにかく行った。


パラゴンカフェに到着。
予想もしていなかった人・人・人。雰囲気最高ではないか!

そして、わおっ!Yさん一家のママと娘二人が受付したり、手作りケーキを配ったり、最高の笑顔でそこにいる~~~!!
あ~もうそれだけで体の重さはゼロになったーーー\(^o^)/
まったく体ってやつはどれだけ気分に支配されているんだ、信用ならないぜ。。。

オーナー魔女・T子jiは「暑いんだよ」と言って巻いてる頭のショールがシーク教にしか見えないと言う、いつも通りのインド人っぷりで、これまたビッグスマイル&ビッグハグで迎えてくれた。

パラゴンは間違いなくいつもすべてを受け入れて人をリラックスさせるよね。


さてさてどなたのライブが始まるのか?
それさえどうでもいいくらい、美味しいYママ手作りケーキ&魔女のチャイで初対面の人達とお喋りを楽しんでいたのですが・・・

初めてお目にかかるシンガー「えびはらよしえ」さん登場です。
※名前を確認しないまま書きました。違ってたら本当に申し訳ありません!!!

よしえさんには歌がおりてくるそうです。

要するに(とここで私が解説するのもおこがましいんですが)
よしえさんはメッセンジャーなんだと思いますよ、このユニバーサルのスピリットを個人のスピリットへ伝えるメッセンジャー。

一曲一曲がどんな風におりてきたのか、そこに至るまでの経験や思いなどを織り交ぜながら、
一曲ごとにお話をしてくださる。

きさくに・・・かっこつけずに・・・やさしく・・・そこにある全てを包み込むようなあたたかさをもって。

そして私に何が起こったかというと・・・

よしえさんの自己紹介から始まるいくつかのエピソード、その段階で号泣。
最初の一言二言めくらいからだと思います(笑)

こういう時の涙は何の涙かわかりません。
感情の涙じゃないんだよね。そこに嬉しいとか悲しいとか、そういう感情はないんだよね。

ただただ一言一言が全部届いて反応している、その涙?


ちょっと話それるけど、その前の週にも同じような経験をして、
あるご縁で神様が時空を超えて集まるお部屋にお邪魔して・・・
な~んてことを言うと、どんなインチキスピリチュアルにひっかかってんのよ~とか思われそう?

ううん、全然そんなんじゃないの。
でもメンドクサイから説明しないけど(笑)

とにかく、そこでも普通にお話をしている時に、急に胸が熱くなって何かが込みあげてきて、
涙が出てきて・・・

「あ、ごめんなさい。なんだかわからないけど急に胸がいっぱいになっちゃって・・・」

と言うと、そのお部屋の主は、けろっとした調子で、

「よくそういうことあるの、ここ。それはただまゆみさんが神様の愛を受け取ってるだけだから~」とかる~く言われました(笑)


話戻って・・・、
よしえさんのエピソード然り、その歌の一つ一つの言葉には宇宙のルールがこめられていて、

私たちの間違いや、間違いからくる悲しい事や、
仕方ない苦しみや、本当は苦しむ必要のないことや、

この世界の大きな力や悦び、
本当は愛と光しかないこと・・・

そんなことが一つ一つの言葉に込められている。


それが一つ残らず届いた。チッタにリンクしたのかな?
なんかよくわからないけれど、全て心当たりがある出来事や感情のような気がして・・・
その反応は具体的な言葉や感情ではなく、すべて涙となってしまったため、
周りの人もビックリするような大号泣となった。

今まで私の魂が経験したことが反応したのかな~。

とにかく感じとしては、100年間生きて納得するような生命のからくり、宇宙のからくりを、
90分で凝縮してメッセージとして受け取った感じ。

だから実際すごい疲れたよね(笑)


でもね、このライブに参加していることがものすごいことだと感じた。

よしえさんと出会い、このライブを立ち上げてくれたYさん。
一緒に実現化したT子ji。
そして声をかけてくれたこと。
そこに集まった人達。

その瞬間と瞬間と瞬間と・・・・・・。

ありがとーーーーーーー!!!!!


ものすごい個人的な感動ですが、なんかこれはシェアしたかった。


よしえさんの歌についての細かい情報はありませんが(^ ^;;
このブログは情報収集はきわめてできないブログとなっておりますので(笑)
ご自身でお調べくださいませ☆
ほんと素敵よ、彼女☆彡☆彡☆彡
 

2015年8月27日木曜日

こんなミスをする私はダメ人間か?!

色んな経験をして、なんかもう人生を達観している人間だと思われるんだろうか?
色んな失敗をしてもゲラゲラ笑って、楽しく生きている人間だと思われるんだろうか?

理由はともかく、
心の中の苦しい事を打ち明けてくれる人は多い。
多い?・・・かわからないけど、結構な頻度で人と会ってそういう話をする。

そういう話を聞くことは、私自身にとってもものすごーく勉強になる。
私の中にある限りの・・・感覚と智慧を総動員して考える。言葉にする。

その人のためを思ってる言葉なのか、何なのかよくわからないけど、
でも思いは通じるようで、目に涙をいっぱい浮かべて、会えてよかった、と言ってくれたりする。
そして私も会えてよかったと心から思う。


人の身に起こることや、人の心に生じる思いについて考えているときは、無駄な感情が入らないせいか、ブッディがいい仕事をしてくれるが、こと自分の事となると・・・マインドは猿に成り下がる。。。


昨夜、バイトでミスをして、今でも何となく気持ちが晴れない。。。


バイトのミスです。

大きなプロジェクトでのミスとか・・・そんなカッコいいもんじゃありません。

フリーターとか、リストラされた人とか、なんでもいいからお金がもう少し欲しい人とか、
いやそんな人ばかりじゃなくてちゃんとした人もいるけどね、もちろん、
でもそんな人もごちゃまぜになって働いている、いわゆる誰でもできる仕事でミスをする私。。。

しかも2度目、または疑惑も含めて3度目(笑)

昨日のミスで疑惑も私だったということになってしまったでしょう。。。笑


どんなミスかはメンドクサイからここでは説明しませんが、

自分が初めてそれをやってしまうまでは
「そんなミスする人いるの?」っていうくらいバカみたいなミスで、
でもちょっとした不注意で起こりやすいミスなので、朝礼で毎日のように言われていること。


一度目は年末のアホみたいに忙しい時で、その時は「げっ!!そんなこと誰がやるのかと思ってたことを私がやってしまったーー!!」と、まぁ今後は二度とやらないように、ということで、仲間内では笑い話になったが。。。

二度目は「疑惑」でミスがミスとなる前に「これ、おかしいぞ?」と発見し、それは私の場所だけど、イヌイちゃんはいつもちゃんとやってるからたぶんあの人だと思う、ということになり。
(これは今でも私じゃないと思ってるけど)

そして昨夜の三度目。
今回も違う人が発見して未然に防げてはいるものの、たぶん私がミスしたんじゃないかと。。。
でもホント、夢遊病者かと思うほど全く記憶にない出来事。
「ミスっていうのはそういう時に起きるもんだよ」と言われ、まぁそういうもんなんでしょうが。。。

老人でもできることを、私はできない。

とつい落ち込む。

三度とも未遂なのでクビにはならないけど~。

「あの人は仕事が遅い」とか「あの人とはやりにくい」とか、
私は何を偉そうに考えていたんだ??と思うと、もうほんとに情けなくて・・・

つい落ち込む。


ダメ人間じゃん。
ダメ人間なのよ。
ダメ人間のくせに何を人のこと批判してるのよ。

と落ちこむ。


でもこれが自分自身のことじゃなかったら、
「あなたはあなたの良さがあるのよ~。それ発揮できることをできればそんな気持ちにならずに人の役に立てるよね~」って思うと思う。


だからたぶん私はダメ人間ではない。

でも心の持ち方を時々間違えて苦しむ。

小さいことに気づいて、一つずつ確実に整えていけばいい。
この人生は、この肉体を乗り換えることは出来ないし、
丁寧にいらないカバーを取り除いて、純粋に生きよう。


と、つまらないミスの話が壮大な魂に及んだところで・・・おしまい。


 

2015年8月17日月曜日

されどホルモン・・・

わかっているの・・・

わかっているんだけど毎月つらいのぉぉお・・・

いや、こんなツラさはツライうちに入らないくらいの程度のもんだけど、

基本いつも体調イイからちょっと怠いだけでテンション下がる甘ちゃんなワタシ。


毎月15日前後になると丸1日、ないしは1.5日くらいの「ジャンクフード祭り」が開催される。
私一人でね。


食べても食べてもまだ食べたい。
どうせ食べるなら美味しくて栄養価の高いものを食べればまだ救われるんだけど、
こういう時はあえてくだらないものにしか食指が動かない。

寿司屋の寿司より、スーパーの安い巻寿司が食べたい。
人気ベーカリーのパンより、フジパンの菓子パンが食べたい。

みたいな・・・

どれだけ異常事態発生かわかるよね??(笑)


ご飯食べても袋菓子が食べたい。
二袋くらいは楽勝。


完全に過食症じゃん?って思うよね?


でも、これは完全にホルモンの仕業だということがようやくわかりました。


コントロールのきかない欲望。
心とは関係ない部分で欲望が発生しているこの感じ。


オーストラリアのセラピーの先生に尋ねました、このこと。
女性の先生なので女性特有の身体のことをとてもよく理解している先生。

そしたらやっぱりこれはホルモンの影響で、ホルモンの力はとても強いのだと。
でも、それでも、この事態を小さくするためには日々の生活を大切にすること、それしかないと。


わかるわ。
私の日々の生活は仕事が夜遅いせいで、どうしても睡眠のサイクルが狂う。
ヴァータ体質の私にとって、睡眠の問題はほんと避けなきゃいけないのはわかっちゃいるが・・・
もう少しだけと、つい・・・ズルズルしている。
これが妙齢の私にとっては打撃が大きいのよね。


でも原因ははっきりしてるから、ベビースターラーメンどデカサイズを一袋と、ギンビスアスパラガス一袋とパウンドケーキ2切れを一度に食べてしまっても、そんな自分を許すの。
あ、これ昨日のワタシね。月一のひきこもりデー(笑)


というわけで、自分を責めないこと。大事よ~~~(^-^)
 

2015年8月16日日曜日

終戦記念日に思う「命」のこと

誰もがそうだと思うけど・・・

戦争 コワイ
戦争 ダイキライ

なのになぜか昔から戦争映画や戦争に関するTV番組をあえて選んで観るワタシ。

たいてい息をつくのも忘れて観ている。
そして重~~~~~い気持ちになって大きなため息をつく。

戦後70年ですから、
これまでに私もたくさんの残酷な映像を見て、たくさんの悲惨な話を知りました。

でもどれだけ見ても、どれだけ知っても、
いや見れば見るほど、知れば知るほど、
憤りは大きくなり、
感じることは毎度「教育」と「洗脳」の恐ろしさと、「命」の価値のこと。

戦争のさなか、
兵士の命は銃弾ほどの価値となり、
敵国で生きている人間の命は野原に生えている草ほどの価値となる。

戦争中は皆狂っている。
ということを踏まえて考えても

20歳そこそこの青年が国のために死にに行く???

罪のない者同士がどうして殺し合いをしなきゃいけない???

何のためになーーーーんにも関係ない人間が命を落とさなきゃいけない???

イノセントな人間ばかりが大きな力に操られて無駄死にし、地獄を味わう・・・

何度見ても戦争は地獄。
これが「地獄」というものだ、と思う。


今日観ていたTV番組で戦争で生き残った元兵士が言った言葉、
「死んだら二度と帰ってこれない」

当たり前のことだけでとても心に響いた。

本当に一度死んだら、もう二度とこの「私」の人生はやれない。
「私」は後にも先にもこの果て無き世界の唯一無二の存在なのだと思うと、
どんなにちっぽけでも、くだらなくても、
このインディヴィジュアリティは何があっても大切にしなきゃいけないんだと
今更だけど、強く強く思った。


昔から私はこんなに命のことを考えるくせに
自分の命については雑だったというか
病気になったり、自由のきかない体になってまで生きていたいとは思わないなぁ、なんて思っていた。
両親が「何が何でも長生きしなければっ!!!」みたいなこと言ってるの聞くと、
「何のために??!!!」なんて思ってた。

でもつい最近読み終えた本に
”人間は90歳を過ぎたころにようやく人生の意味がわかる”というようなことが書いてあって、
”人生を全うするという死に方は、ただ生きるのをやめるというように、できれば椅子に座った状態で、まさに生きるのをやめるだけ”というようなことを書いてあったのを読んで、
私もそうやって死のうと決め、長生きしてみるか、みたいな・・・そんな感じだったところで、

死んだら二度とこの私の人生には戻れないという思いが重なり、
また「命」の意味が少しだけ色を変えたように思う。

どんなことがあっても、もう戦争なんてしちゃいけないんだよ。
戦争体験者ももう90歳代になって、その貴重な生の体験談を聞けるのもタイムリミットが近くなっている。
今のうちに若い人たちにその地獄をたくさんつたえてほしい。

人が人を殺めるなんてことがあってはならないと、その地獄を伝えてほしい。
 

2015年7月21日火曜日

ありのままとは「在り方のまま」なのだね

流行にさえなった「ありのまま」という言葉。

私のブログのタイトルもarinomama。
練りに練ってつけたタイトルではなく、
実を言うと、その時に持っていた洋服屋さんでもらったバッグにたまたま並んでいた文字がarinomamaだっただけで・・・なんかカワイイなと思って勝手にパクってしまったという・・・すみません・・・。

でもたまたま「ありのまま」は私の生き方にピッタリだったから
arinomamaは私の周りの人達に愛されてきたブログであり言葉です(と思ってマス)。

♫ありの~ままの~♬ 
という歌が流行った時はなんとなく恐ろしかったけど・・・

ほら、日本って流行ると違う意味になって、そしてどんなにスタンダードなものでも古くなった感じになって捨てられるでしょ?

でもさすがに「ありのまま」は認識されて、その手のタイプの人達には大切に受け止められて、その手じゃないタイプの人達には意識からはずされ、また物質バリバリの世界に戻っていかれたよーですね。


今どうして「ありのまま」について改めて書いているかと言うと、
一カ月かかって読み終わった哲学の本(読みやすいはずの本なんだけど、寝る前に読んでたから何度も寝落ちし時間がかかった・笑)の最後の方に、思わずマーカーで線を引いたくらい「その通りだ」と思ったフレーズがあったから。

要約すると、

「青年期には欲望と憧れのために幸福に欠くことのできない平静を奪われるが、老年期にはそのような気持ちが鎮まり、かつては事物に対するとらわれのないありのままの見方を隠ぺい歪曲していた錯覚や幻影や偏見を脱却して、全てのものを以前よりも正しく認識し、その在り方のままに認めることができる」

という・・・私にとってのテーマの集結みたいな文章。


たまたまarinomamaにしたと申し上げましたが、
私の生き方はずっとここを目指していて、
「ありのまま」をこの本の中でみつけた「在り方のまま」とすると、もっとピッタリと私の好みになる。

この世の中もその在り方のままを見たいと思う。

それが恐ろしいものなら恐ろしいように、それが美しいなら美しいように。

人もそう。在り方が大切。
その人の本質がどうであるかが大切。

説明するまでもないと思うけど、

悪魔のような姿がありのままの私なの。だから♬ありの~ままの~姿見せる~のよ~♬♫って、悪魔のような姿を見せてくれる人はほとんどいない。

ありのままのフリをしたありのままじゃない人、こわいよ~(笑)
フリもせずでたらめの人の方がまだマシだよ(笑)

悪いけど、セルフブランディングとかゲロ吐いちゃう。
いらな~い。
作られたものより、本当の姿が知りたいわ~。

な~んて言ってるから、ピッタリくるものはホント少ない私です(^ ^;;

でもこうしてピッタリくる本に出会えるように、
本当に偶然に(いや必然なのかもしれないけど)ピッタリくる師に出会えたり、
ピッタリくる人に出会えたりするから、

ワタシこれからもこのままのスタイルで行くわ!!






 

2015年7月12日日曜日

愛なのか?ただ感覚器官の欲望なのか?

私たちの欲望というのは・・・

そっか・・・感覚器官の欲望なのか。

きっと今までにも聞いたり読んだりしていたんだろうけど、
初めて自分の欲望に当てはめてみたんだろうか?
今回Truptaに同行して彼が説明する感覚器官の話を聞きながら、頭だか心だかにガッツリと入った。

ガッツリと入ったというのは完璧に理解したという意味ではない。
わかった、と思ってもまた混乱してしまうのが私でアル。。。

このガッツリは「これやりたい」とか「これやりたくない」とか思った時に「どうして?」って考える、っていう程度だけどね。
それは何の欲求?感覚器官の欲望なんじゃない?それとも魂からきてる?とか考えちゃうっていう・・・。

そんな折、3日ほど前にヨーガセラピー講座を受講した際

「マインドとは何ですか?」

・・・ん~、マインドとは・・・と私なりに頭の中で答えを導き出していた時

「マインドとは感覚器官の欲望です」と言われ・・・

うむむ。。。
Truptaが来日中に考えていた「私が愛だと思っていたこの想いは本当に愛なんだろうか?もしかするとただの感覚器官の欲望なのでは?」という疑問に、
「しかも愛とはマインドとも違うわけね」という、またなんだか違う角度からの理解が加わったり。。。

ちょっとconfused...

まあね、確かに愛とは不思議な感情だよね、っていうかそもそも感情か?

Advanced emotionのカテゴリーに入ってるな・・・
Composed of Joy + Trust だって。その通りだな・・・


そう、なぜあんなに「愛してる♡」なんて思い込んでいたのに「いや、待てよ・・・」と思ったのかというと、このTrustがグラつく時なんだよね。
所詮私とmy raja jiの関係なんてほんの数日間のことで、普通に考えたらいまだに続いてることの方がビックリなんだけど、まぁ世の中の「普通」っていう定義もワケわかんないし・・・
自分の身の上に起こっていることを信じるだけなんだけど。

ある時あることがきっかけで「この人こんなことする時間があるくせに私にはメールもくれなかった」みたいなつまんないことで、今まで信じていたことさえ嘘だったように思ったことがあった。

何がどうであれ私が彼の事を信じられなかったことが一番の問題で、彼が実際にどうであるかはここでは問題ではない。私の愛が本物じゃないなら彼がどうであっても問題にはならないわけだから。


彼を見たい、声が聴きたい、話したい、匂いを嗅ぎたい(あるよね、これも^^)、触れたい・・・

まんま五感だよね?これ。笑

でも普通こうだよね?誰かを好きになると。

でもでも「愛」と呼ぶからにはここに違う要素が加わるのよね、きっと。
それは・・・。


私、Truptaに言ったのね。
「私、自分の愛はただの五感の欲望じゃないかって思う時があるのね。」って。

そしたらTruptaは
「愛とはcaring とsharingだ」と言い、

そ、それはウチのraja jiが韻を踏む「caring sharing respecting」と同じではないかっ!(笑)
と思ってちょっと笑えてしまったんだけど、Truptaが言うとそれはとても重みがある。
韻を踏んでる、とか茶化すような言葉には聞こえません(笑)

気遣い、分かちあうもの。か・・・。


「じゃあこんな場合は?」と私は例を挙げた。

男の人には奥さんがいて子供もいて、その人は家族に対しての責任としてちゃんといい夫と父親をしている。でも他に愛している女の人がいて、その人と一緒にいたいと言う。

うん、インドは親の決めた人とか占星術で結婚したりするから、結婚した後にそんな出会いがある場合もある。でも離婚もまだ欧米のように簡単なわけではないし、簡単なことではないね。


う~ん、それ実は私のことなんだけどね、と言うとTruptaは疲れているはずなのに、ちゃんとソファに座り直して親身になった。

どうしてこんなにいつも優しいのだ???
母親の年齢に近い女のバカな恋愛話をこんな真剣に聞いてくれるなんて(泣)

いやいやバカっぽいけど別にバカな恋愛話じゃなくて真剣な話だもんね!(笑)


感覚器官の話からズレちゃうので簡単に結論を言うと、

「マユミに愛してると言いながら、彼の妻にも愛してると言ってちやほやしているとしたら彼はただのassholeだ」と。

「彼はとてもクリアだ。後はマユミが強くあればいいだけだ。二人の関係が今後どんなふうになったとしてもマユミが傷つかないならどんな選択もOK。とにかく強くあること!」と。


よく恋愛話をする友人とは何かちょっとしたことがあると
「アスホール率高くない?」と
お気に入りのフレーズになっています(笑)


というわけで、私はとっても冷静に自分たちの関係を眺めています。
いつまで続くのか・・・再会の日があるのか・・・
自分の感情を追いかけるのも、こんな出会いや繋がりは実際どうにか進展するのか?とか、
色んなことが面白い。

ふと気づけば「人生は苦しくて当たり前」とか思い続けてきたのに
「人生はまったく面白い」になっている自分に最近気づいた。

はぁ、話はズレズレだし長くなったな。。。






 

2015年7月4日土曜日

アヒンサーから

Truptaの来日中に決めたこと。

「残りの人生はヨーガプラクティスに専念してみよ」

ってこと。

今のところこんな感じの向き合い方。
やってみよう、って感じ。
耳障りは軽いけど、内容は深いよ。
残りの人生ってことは死ぬまでってことだからね。

もう私なりに実践してるよ。
タパス。
これもヨーガだ。一度決めたらやり抜くのだ。

前から言ってたことだけど、いくら知識があったって、実践しなければ何も起こらない。何も変わらない。

実践してるつもりでも、いや本気で実践してても…それでも実際はつもり程度に過ぎないかもしれないくらい…ヨーガは深い。

ヨーガと出会って6年くらいかな?
私なりに取り組んできたつもりだったけど、理解が甘い部分や勘違いがあったり、つまらない欲や、虚栄心、恐れetcがあって、あるラインから前に進まないっていうか、結局何かコトが起これば同じように苦しんでたよな。

っていうか、ちゃんと正しいプラクティスが出来てないからコトが起きてしまう、っていうこと。

大抵の「コト」は自分にとって「コト」なだけで、別の人のマインドが
捉えれば全然意味の違うコトとして捉えられ、ましてやエネルギーレベルで考えればコトでもなんでもなかったりもする。

6月の2週間をTruptaと過ごして、
しかも日本で過ごして、
彼が日頃どんな風に時間や人や出来事を捉えているんだろう?ということを、頭ではなく、え~とこれはどこだろうな?感覚というのでもなく、なんつーか私の生命を支えているどこかがキャッチした。

これは私にとってすごいギフトだった。

私が「これからどうしようかな~」みたいなことを言った時、
彼は普通な調子で「ヨーガプラクティスをしなよ」と言った。
「アーサナのことじゃないよ。もちろんアーサナもすればいいけど僕
の言ってるのはヤマニヤマやプラーナヤーマやメディテーションのことだ」と。

僕も徐々に仕事の時間を減らそうと思ってるんだよ。
もっと自分自身のプラクティスをしたい。必要なんだ。
僕だってまだヤマニヤマさえ完璧ではないんだよ。


私はこういう彼の人間性が大好きで、これだから100%信頼しているのです。

そして私は決めたのです!

アヒンサーから始めよう!!

だって彼がヤマニヤマもまだだと言うのなら、私は間違いなくアヒンサーレベルだよ。
私、毎日誰かしらのことを少なくとも思考レベルで傷つけてるもん。自慢じゃないけどさ(笑)


ヤマニヤマと同時に他のプラクティスの時間も優先的に取っている。
ヨーガプラクティスに時間を使うことが出来ることに今とても感謝が出来て、今後の人生もヨーガプラクティスを中心に生活出来るようにしていこう、と決めた。

ちゃんと専念したらどんな風に変化するんだろう、っていうのが楽しみ!
これは来世の楽しみでもある(笑)

そして何よりも今幸せなのはその結果よりもプロセスそのものが充実してるってことだな。

結果にコミットする!とか言ってる時代に逆らってて悪いけどさ(笑)


がっちり心が定まると楽だな~。
Truptaは私にとってその存在だけでたくさんのことを教えてくれる師。

出会いをくれた何かに感謝☆

2015年6月29日月曜日

Truptaが日本にいた14日間

Truptaがインドに帰って12日がたった。
毎日毎日Trutaが日本にいた14日間の日々を反芻している。

記憶が新鮮なうちに、日々絶え間なく感じていた色々なこと、書いておこうと思うんだけど、なんだか落ち着いた時間ってなかなかないもんで。


Truptaが来る前、不思議と何も考えてなかった。
ま、しがないフリーターなもんでアルバイトと準備の両立だけでいっぱいいっぱいで余計な心配してる暇がなかっただけかもしれないけど、心配ってほんと「余計なこと」だからヨカッタと今つくづく思うワ。

2012年1月の初め、たまたまコヴァラムでTruptaの朝のヨーガクラスを受けた。
そして3年半後、Truptaが日本に来た…。

すごくね~か、これ?(笑)

これ何度も人に話してると思うんだけど、
Truptaの透明感は特別で、最初の頃そのキラキラした感じがあまりにもいつもリアルなので、「体毛が金髪で光に反射してるのか?」(髪が黒いんだからそんなわけないんだケド)と本気でチェックしたくらいの…

そして「この人の体の中にすっぽり入ってみたいな」って思ったくらいキレイだった。そしてそれは今も少しも変わらない。


この感じを言葉で説明してもイマイチその特別さや感動は伝わらないに決まってる。だけど私が探しているもの、求めているもの、本物だと思うもの、その感覚が同じ人、少なくとも似ている人には絶対彼を見て欲しかった。会ってほしかった。
で、実際に感じて欲しかった。

そう思ってから、ちょびちょびとSamyak Yoga Japanの活動をしてきて、でもヨガ界で生きてきていない私にはビジネスとして成り立たせるのは難しくてSamyakチームには心配ばかりさせてきたと思う。

ヨーガアライアンス認定校になってから、ものすごい勢いで成長したSamyak Yoga。なのに、いつまでも「世界に出るきっかけとなったのはマユミだった」といって、こんなチンチクリンなただの日本人のおばちゃんを仲間として大切にしてくれるSamyakの懐の大きさには…言葉がないよ。


あれ?前置き長すぎて全然来日中の14日間のことに入っていけないけど(笑)

じゃあ、まずはこのことを書きたい。

Truptaはとっても柔軟な人。
Trupta本人も世の中の色々なことを頭から否定したり、盲信したりしないで、体験してから判断する。
その上で更に人の話を聞く時も、自分の考えは「単なる自分の考え」として決して人に押しつけないけど、必ず自分の考えは言う人。

今回はこんなハードスケジュールだったのに、私のつまらん質問や、プライベートのアホな質問にもほんといつもちゃんと応えてくれてた。
このブログ読んでくださってる方にはそれがどれだけアホなことか、想像ついちゃうよね?(笑)
しかもつまんない通り一遍の答えじゃないところがグッとくる。

ぁ、時間ないから一回締めとこ。

今回の来日プログラムに参加してくださった方の大部分の方が、私の伝えたかったことを感じてくださった、という手応えはあったかな。
全体的にはまだまだ課題はたくさんあるけれど、それだけはよかった!

ひとまずおしまい。


2015年6月3日水曜日

「人生にとってヨーガプラクティスとは」WS by Yogi Trupta

告知です☆☆☆

いよいよ!なんと!明日わたしのグルジー Yogi Truptaが来日します~~~!!
はぁ、ドキドキするわぁ~~~。

今回の来日の最終日、6月16日の素敵なWSのご案内をさせてください♡


とってもエネルギーがよくて、だ~いすきなスタジオ
Yoga & Theapy Studio marici」さんでの開催♡♡♡
みんなのピュアなエネルギーがきらきらした空間で気持ちよい時間を過ごしましょう♪
実際にヨーガを生きるTruptaのお話もとっても楽しみ♪♪♪



Trupta来日プログラム

 

2015616日(火)

ハタヨーガワークショップ

Inportance of yoga practice in life

 ~人生においてヨーガプラクティスとは?~

 

10:0012:00 ハタヴィンヤサフロー(アーサナ)

12:0013:00 プラーナヤーマ

13:0013:45 ランチタイム

13:4515:00 人生ヨーガプラクティスとは?(レクチャー)5コーシャを中心に

 

【開催場所】

Yoga & Theapy Studio marici

- ヨガ & セラピースタジオ マリーチ -

 JR 赤羽駅・南北線 赤羽岩淵駅より各徒歩3分

アクセス 】東京都北区赤羽1-28-2 巽ビル1F

 Email】 yoga.marici@gmail.com

【電話番号】 03-6356-6440

 

参加費 12,000円(ランチつき)
※ランチはTVでも紹介された赤羽の大人気イタリアンレストランのベジタリアンケータリングです♡




<お申込み方法>

・お名前

emailアドレス

・ご住所

・電話番号

・ご職業

・その他(健康状態で気になるところなどあれば)

 

616日ハタヨーガWS”とご記入の上、上記の情報を

info@samyakyoga.jp までご送信ください、

折り返しご案内をお送りします☆
 
 
 
 みなさ~ん!!まだお申込み間に合いますよ~!!
Truptaに会いにきてね!!!
 

2015年5月23日土曜日

こんな男を好きになったワタシ

今日も明日も休みだし、
今もスゴイことあったし・・・(わかんない、スゴくないかな?)
ついでだから、そして今の気分でどんどん書いちゃおうかな?

ま、アホ丸出し、または恥さらしなワケで、
何のつもりで書くのかは私にもわかりません(笑)

ただ面白すぎるから・・・なんでこうなの?っていう、ね。


今日は家にいたのでずっとスカイプに入りっぱなしにしていたら、彼がオンラインになった。

「あっ!呼び出されるかな?」と思わず鏡を見る私(笑)
「げっ!髪の毛も顔も全くダメだ!グロスでも塗っておくかな?」などと思っているうちに・・・

すぐに呼び出しの音がなった。

そして顔の不備など忘れてすぐにビデオ通話で応答する私。
自分の顔がダメでも彼の顔が見たい!!!

超久しぶりのスカイプ~

あれ?彼の部屋じゃないな?チャージャーまだ届いてなかったのね?

彼のいる場所がうるさすぎるし、彼は電話で誰かと喋ってる。
なんとなくボーっとその様子を眺める。

そうそう、この人。私はこの人が好きなんだ。
なんでだろ?そんなたいした人かな?なんてことを思いながら・・・(笑)
そう思いながらも何かにたまらなく魅かれていることを確認しつつも。


ボーっとしていたら、その間にチャットにメッセージが入っていた。
「ハロー ハロー 聴こえてる?聴こえてないの? どうしたんだ?何があったんだ?どうしてノースマイルなんだ?? テル ミー テル ミー なにが悲しいんだ?」と・・・。

あ、ごめん。聴こえてなかった。何も悲しくないけど・・・ただあなたが電話で話してるの見てただけ。
と言った。

彼の近況報告を聞く。

彼は今度ある国にちょっとした仕事で行く。
毎年行ってる。
そこには女性が絡んでいる。(またそんな男かよっ!って?しょーがないよ、いい男には女がくっついているもんだ)
その女性のことを彼は「フレンド」というけれど確実に肉体関係アリアリのフレンドであることに間違いはない。かなり深く長い関係だと思う。
その人絡みの話だった。

ところで、インドでは人目があるのでカップルのように振る舞えない私たち。
書いたっけ?彼は妻も子供もいます。そして女もいる(笑)
しかし私はその異国の女性より後に登場したけどセカンドワイフに位置づけされている。
それならサードワイフじゃないのかと聞いたけど、いやセカンドだとのこと(笑)
その異国の女性にはハズバンドも4人の息子もいるからだろうか?きっとそういうルールだな(笑)

でもさすがにその女性の話をきいているときは意識が遠のき気味だった。
能面のような顔で聞いていたのだと思う。
「are you okay? are you dreaming? or you find any nice man?」
更に遠のく意識・・・(笑)

俺は全てオープンだ、隠しごとはしない。

ありがとう。それがいいです。だからあなたを信用しているのです・・・と言う私。

いや、本当にその通りなんですが、オープンにされる事実がいつも刺激的すぎるのですよ。

「たくさんの女性をコントロールしないとだね」と言うと、
「いやたくさんじゃないよ、you とワイフとフレンドだけだ」と。

「アラブでは10人までワイフを持てるんだ。俺はたった3人だ。」と。

恐れ入るよ、この悪気のなさには。

「10人のうちの一人よりも3人にのうちの一人のほうがずっといいね」と洗脳される私(笑)

でもアラブだってその10人を平等に愛せる人にしか10人の妻を持つことはできないんだよ~。
大丈夫~?

彼曰く、
俺はyouのlove energyだと。
私に会った時私の悲しみを感じて、男の人の愛でケアしてあげることが必要で、それは俺だと思ったと。

すごいですな。

彼はそうやって本気でホンモノのワイフとキッズのことをケアしていることも知っている。
そして私が彼を思う気持ちを本気で理解して感謝してくれている。

要するに世間の常識からははずれているけれど、彼のルールからはちっとも外れていないのです。
人間愛からもはずれていないと私は思うのです。

そして私はきっとそれも彼の魅力の一つとして認めているのです。

私もそうやって自分を解放したいから。だと思う。

だって私も本当のところ全然関係ないんだもん、世間のルール。
セカンドワイフとか面白くてしょーがないんだもん。

だから私はもう飛び出す準備万端なんだよ。

こうなったらおもしろライフをきわめてもいいな~ってね♪


 

2015年5月22日金曜日

たとえ私の未来に彼がいなくても・・・

実は前投稿「愛と執着」のヨレヨレの状態から翌日には脱していたワタシ。

早いよね~~~(笑)
自慢じゃないけどdownもupもものすごく速いんだよね、私。

もちろんすぐに彼から「終わりってわけじゃないんだ」って思えるメールがあったからというのも立ち直りの理由の一つではあるかもしれないけど・・・

自分の未来図の別ヴァージョンをもう一つ作ったんです。
てか、正確には現在も作成中。そしてぼちぼち始動してるかな~。

彼と一緒にいる未来もいいけど、
一人だったらこんな風に生きていきたいな~、これもいいよね~、っていうのを描いている。

描き始めてみるとらそれは・・・

もし彼と一緒だったとしてもそんな私がいいんじゃない?というカタチになってきて、
結果、私が一通のメールから作り上げたネガティブストーリー、そして息をすることもままならないようなネガティブマインドが功を奏した?という感じになってきてるよ。

浮かれた気持ち&同時に存在していた「執着」や「依存」、そんなものに気がついたことがよかったんだな、たぶん。


当の彼は・・・おそらくラップトップのチャージャーがデリーから届いたことで相当ストレスが軽減されたのでしょう。この3、4日「そんなハイテンションで大丈夫か?」という逆に心配になるくらいのメールが届いている(笑)

しかし私はそんなハイテンションに私まで浮かれることもなく・・・
成長したな~ワタシ。たぶんね・・・ま、1ミリくらいね。


彼と居た時間はホントに短いけど、一緒にいた時の現実とその時に感じた「何か」、それからの日々で知った彼のこと、彼に対して持つ私の気持ち。
他人にはわからないことばっかりだとつくづく思う。

皆やることだと思うし、私も今までやってきたことだけど、
自分の恋愛に他人の意見を持ちこむよね。
第三者の冷静な目も時には必要だけど、唯一無二の存在同士の組み合わせっていうのは他人にはわからないよね~とつくづく思うのだ。

どうなるのかな~、これから。
これは確実に私自身が創り上げていくもの。

センスのいいストーリー創ろ。もういよいよドタバタは疲れたからね(笑)

 

2015年5月17日日曜日

愛と執着

なんかものすごーく長いこと日本社会にまみれている気がしちゃっているが、
なんと!まだ帰国から3週間しかたっていなかった(笑)

この3週間でどれだけ自分を見つめたことでしょう。
どれだけ私という一人の人間について考えさせられたことでしょう。
考えても仕方がないということについて感じされられたことでしょう。

とにかく仕事とプライベートで心身を酷使し過ぎていることを感じていたので、
今日は帰国後一番だらしない一日を過ごしてみた。

幸い、というか、ちょうど生理2日目ですべてがダルダルだったので、だらしない一日をモッタイナイとも思わず・・・

でもそんな日に限って精神的打撃を受けるようなことが起きるんだな~。
身体こそ動いてないけど、心は津波が起きていた。

ヨーガの教えは何処へ?

・・・という状態に思わずバガヴァッド・ギーターに付箋を貼るくらいの・・・(笑)


仕事のことは何とか心の体制を立て直すことができた。
それはそんな時に心を支えてくれる友がいるからでもある。
本当に私は人には恵まれていると感じる。感謝。。。


そしてこのタイミングで愛しの彼からなんだか病んだメールが届く(笑)

いや「(笑)」なんて書けるのも、いや、このブログを書けるのも今だからで、
ついさっきまで私は呼吸をすることさえもままならなかった。

どうやって生きたらいいだろう、と思った。

何を考えたらいいだろう、と思った。

今、何をすればいいだろう、と思った。


しばらく何も更新していなかったけれど、私と彼とのラブストーリーは意外と続いていて、
一週間ほど前に彼のラップトップのチャージャーが壊れてからはスカイプこそできなくなってしまったけど、マメに彼もネットカフェとかに行ってメールしてくれるので・・・

うん、そんなこんなで私は彼の愛を信じていたんだと思う。

チャージャーが壊れたあたりから、色んな不都合が彼の周りに起きて、メールから不安感や寂しさやイライラが感じとれるようになってきた。
心配な反面、今まで有り余るほどの愛情表現が少し少なくなったことに少し不安を覚えたりして、まったく私はいつもエゴの塊であることを思い知らされる。


昨日のメールはなんだかとても病んでいて、私の愛も、自分が幸せになることも信じられない、自分は心を私に預けたけど私からは心が返ってこない、というような、信じられない文面があり・・・
これはマズイ!完全に病んでいる!と思って長いメールを送った。

長過ぎて読み切らないかも、と思いつつ(笑)

結局ちゃんと読んでくれたかどうかわからないけど、今日返信がきた。

今は何にも集中できない。ごめん。全て自分の責任なんだ。
愛してくれているのはわかっている。そして今でもyouは心の中にいる。

と・・・・・。


これを読んで「もう終わり」と思った。

その瞬間からすべてのモチベーションが奪われて、その瞬間からもう何をしたらいいのかわからなかった。

しかし私の手は
「なんでも言ってよ。隠さないで。」
と打っている・・・なんと攻撃的な・・・(失笑)

そして同時に
「そんなに彼は私のすべてになっていたの???」
と驚いた。


彼と出会った2カ月弱前から私が元気に生きてきたのはこれほどまでに彼の存在によるものだったのか???
いい気になって「自分を知った」みたいなこと言って、考えてたことは彼の事ばっかりだったのか???
ここから先に彼がいないとしたら、私は何をするつもり???
何がしたいの???

頭の中がクエスチョンでパニック。

執着・・・

どれだけ叩き込んできた?執着が自分を苦しめるって。

愛というものはどうにもこうにも執着に結びつきやすい。

愛というものは本当は最高の光であるはず。
一番純粋でピュアで温かくて、
最高のエネルギーそのものであるはず。

なのに歪む。

なぜ私は執着に変化させてしまうんだろう。。。


こういう場合は考えないに限る。
瞑想だ。

な~んて思ったけど、ただでさえ瞑想に入りにくい私がこんな時にできるわきゃない(笑)

誰か助けて~~~!!

と友人にメールしたり、甘いものでも食べてみるか、なんて思ったり・・・
落ち着かないことしてる間に、もう一回彼からメールがきた。


「何も隠してないよ。今の状況を理解してくれ。これこれこういうわけですごくストレスフルなんだ。」
と・・・そして私が安心するように愛の言葉を並べてくれた。優しいなぁ。。。
この人はそういう人。
だますとかごまかすためじゃなく、相手を思って言葉や行動を起こす人なんだ。

思い出したよ。
インドで一緒にいた時も、彼はその日やらなきゃいけない資料作りがあったので、
「じゃあおやすみ~」って部屋に戻っていってから、私がすごくさびしそうな顔してたからって仕事を途中でやめて戻ってきてくれたりしてた。


とりあえず今私はどん底からは抜け出したけど、これだけ彼に執着していることを知ってしまった。

これからこれを変えていかなければいけない。

人生は日々ヨーガの教えの実践である。

今日の一日を振り返るだけで、どれだけ心が自分の世界を支配しているかがわかる。

ヨーガと出会えた幸運と
私をヨーガに引き戻してくれる友人たちに感謝を。

そしてこの偉大なるユニバーサルエナジーに委ねます。



 

2015年5月5日火曜日

愛が育っている

いつの間にか前回の更新から9日も経っちゃってた。

前回は色んな思いを抱えてインドを発つ日だったんだよね~。

これからどうなるんだろうな~
でも今回はきっとこのままの笑顔で日本でも暮らせるだろうな****


な~んて思ってたのは帰国当日までで(笑)

翌日から私を取り巻く日常が根こそぎ私の笑顔を奪っていった(笑)


あれ~~~どうしよう。
今回はこれまでのインドへの執着を切り離してきたつもりだったのに、今までよりもインドに愛着を感じてしまっている気が・・・。
・・・と少々戸惑っている今日この頃でゴザイマスの。


そんな中、インドとの時差たったの3時間半ですが、意外と活動時間の3時間半のズレは大きく、愛しの彼とスカイプすれ違いが続き・・・
メールの交換は毎日のようにしているものの、やっぱ愛している人とメールのやりとりだけなんて寂しいわ~。あ~そんなもんなのね~。
メールだけで十分な関係なんて、私にとってはなんか・・・それほど強い思いではなかったってことなのかもな~。

メールにはいつも愛の言葉がたくさん書いてあるけれど、
恋する女は疑い深いのよ(笑)
いや、それは嘘だな、案外私は彼の事信じてるんだけど・・・
でもこのまんまフェイドアウトしたりして?????なんてことも思わなくはない。。。


2、3日前にすっごいドキドキしちゃうメールが届いた。
もうドキドキしちゃって、今食べた朝食が戻ってきそうになったくらいだった。

そして昨日やっとスカイプで再会できた!!!
あ~ん♡もう顔を見ただけで~~♡もうこの人の全てが好きっ!!と思う♡
声を聴いただけでこの人の全てが好きっ!!!と思う♡
幸せ過ぎて叫びそう!
この瞬間に日本に戻ってきてすっかりご無沙汰していた笑顔が戻ってきた。
ビデオに映る自分の笑顔に自分でびっくりするくらい幸せそうな顔してる私(笑)

私たち二人ともこのスカイプの1時間がすっごい幸せで、もう離れていられないよねって・・・
あ、どこまで書くつもり?わたし(笑)

♬会えない時間が愛育てるのさ 目をつぶれば君がいる~♬♪
          
                              「よろしく哀愁」by ヒロミ ゴー

な~んていう昭和ソングがありましたが・・・
愛は育っていたのね~~~♡♡♡


もうまたしてもドキドキしちゃってよく眠れなかった昨夜。ははは~(^ ^;;
でもこんな感じで元気です。

今日は張りきっていらない服を整理してゴミに出したりしてたら腰痛めた。
もうカンベンしてよ~こんなオバサンみたいなこと言ってる場合じゃないのよ~(笑)

 

2015年4月26日日曜日

今日は一カ月記念日

ボーディングタイムまであと50分くらい。
書き終わる頃にはきっと間近になっていると思うけど。

インドを離れるその時まで考えているのはRaja jiのこと♡

私たちはよくRaja ji、Rani jiと呼び合っている。キング&クイーンである。
自分たち以外にとってはアホらしくて聞いてられないと思いマスガ(笑)

びっくりしちゃうことに私たちは知り合ったその日から一日も欠かさず言葉を交わしている。
一緒にいるか、電話をするか、スカイプするか。

私、電話もスカイプも基本大っ嫌いなのに。笑

彼から電話がくるとチョ~嬉しいし、わたしからもしちゃうよ♪普通ありえないよ(笑)

スカイプで久しぶりに動く彼の姿を見た時には
「だめだ~完全に全部が好きだ~」
と思った。笑

たった一カ月間。30日間。
だけどその間には
「普通こんなことあるかっ?!!!」
ってこともあった。

またしても「私の人生の脚本書いてんの誰よっ?!」ってくらいのあり得なさ。笑

でも私たちは何も嘘も隠すこともせず、真正面から向き合った。
私はそこで自分の気持ちを確認し、彼もそこで私への思いを確認したと思う。

色んなことを話した。
つじつまの合わないことは今一つもない。

過去の色んな経験から自分のことも彼のこともなかなか信用できなかったけど、
こんなこともあるんだね~。


今日の14時、インドで話せる最後のタイミングだからスカイプで話そう!って昨夜約束して、
14時にスカイプにメッセージが入った。

「今日はすごく忙しくなってしまった。いとこが亡くなったんだ。でも14時って約束したから今ちょっと抜け出してきた。。。ちゃんと話す時間がなくなってしまって本当にごめんね。」って。

約束を守る男。最高だ(^o^)

とにかく彼は最高だ(笑)

エアポートに向かうタクシーでモバイルにメッセージが一言入った。

「神様に感謝する」って。


ちょうど一カ月前の3月26日に私たちは出会った。
そこらに転がりすぎているような出会いがこんな風になった。

これからどんなふうになるのかは神のみぞ知る。

ではない。

私たちが作る。

私が作る。

作りたいように作れる。

それが人生なのだ。

日本に帰っても続きはあるのだ♡

ドキドキしながらインドを去ります

あと数十分でタクシーのお迎えがきます。

そしたらそれに乗ってエアポートに向かいインドを離れます。


いつものこと。
10回目のインドだから10回そんな風にしてインドを発ったはず。

なのになんで今こんなにドキドキしちゃうんだろう。



はぁ~最高だった~。
いつも何にもがんばってなかったけど、
思い残すことはないなぁ~。

なんかフワフワあっちこっちに行って、
いっさいのこだわりを捨てて、
人が何かしてくれるのを受け入れながら
だんだん心が自由になるのを感じて・・・・・

気がついたらずいぶんすっきりしていた。

今まで頑なに持ち続けていたどうでもいいもの「自分」、これをエゴというのだな、たぶん。
面と向かってそれを捨てなさいと言われ、
自分でもこれは不要だなと思えたから捨てれる分だけ捨てた。

まだまだ持ってるけどね(笑)

でもそしたらその空いたスペースになにかすごく価値あるものが入ってきた気がする。


よく言うよね。何かを手離すと次のモノがやってくるって。


今までやってきたことをカタチにしないとダメ、って思ってたし、
家族もそれを期待していると思って肩身が狭かったし、
それができない自分をめちゃめちゃダメなヤツだと軽蔑していた。

でも「もう一回生まれ変わればいいじゃん。」ってなんでもないことのように言ってくれる人がいる。

50歳がどうかしたの?何歳まで生きるかわかんないじゃん。
今からだって少しずつやればいいんだよ、って言ってくれる人がいる。

これから少しずつプランをたてようよって言ってくれる人がいる。


早く何とかしないといけないって、自分を苦しめてたのは自分だったんだね~。
誰のペースで生きようとしてたんだろね(笑)

インドは私にとってやっぱり「何か」なんだろうけど、もう全然こだわりも執着もない。
だけど私とインドのコンビネーションはやっぱり最高だと思う(笑)


ドキドキするのはきっと新しい人生の波にちゃんと乗るためだ。
知らず知らずにそんな心の準備をしているからドキドキするんだと思う。

私は私のチョイスで自分の人生をクリエイトする!!

昨日インド最終日にふさわしくそんな決心ができて、
はぁ~あと15分でタクシーに乗ります。

ありがとう!インド!

 

2015年4月25日土曜日

Samyak Yoga来日プログラムのご案内☆


ちょっとご案内させてくださいね~!

Samyak Yoga Trupta先生の来日が近づいてきましたよ~!

6月6日、7日のハタヨーガWS@燕Studio (もうすぐ定員です。ご検討中の方はお早めに)
6月8日~12日のアシュタンガヴィンヤサフロー5日間集中ティーチャートレーニングコース@湘南カリフォルニア

に引き続き、
6月13日(土) ロータスエイトさん東日本橋スタジオにて
「教典ハタヨーガプラディーピカーから学ぶ伝統的ハタヨーガの奥義」WSを開催します!

内容は以下のようになっています*****


13:00~14:30  伝統的ハタヨーガのアーサナプラクティス
14:30~15:45  ハタヨーガプラティーピカー概論
16:00~18:00  プラーナヤーマ&バンダについて理論と実践


ハタヨーガは人間の進化のあらゆる側面にフォーカスし、人々が至福へと向かうためにあみだされた古代から続くヨーガ実践法の一つです。

 

クリヤ(6つの浄化法)によって肉体の汚れを浄化し、アーサナで身体を安定させ、プラーナヤーマで生命エネルギーをバランスし、バンダとムドラーを通じてエネルギーの流れを調節します。

 

「ハタヨーガはすべてのヨーガへのはしごである」というヨーギの言葉があるように、ハタヨーガは現代のヨーガの基盤ともいえます。

 

ハタヨーガプラディーピカーは16世紀にスワートマーラーマ(Yogi Swatmarama)によって書かれたハタヨーガの教典です。

ハタヨーガの解説と行法が体系的に記されています。

 

ハタヨーガ実践の効果:

・クリヤで体内とナディスを浄化する

・アーサナによって身体の安定を作る

・プラーナヤーマによって身体と心のバランスをもたらす

・バンダとムドラーを通じてエネルギーを注ぎ込む

 

ワークショップ参加対象者:

※本ワークショップは主としてハタヨーガプラディーピカーで説かれている内容にフォーカスします

・伝統的なハタヨーガプラディーピカーの手法について学びたいインストラクターや生徒

・プラーナヤーマやバンダについてより深い練習法を探している方

・現代のストレスフルな生活に調和をもたらせたい方

 

通常のセッションではなかなか知ることのないハタヨーガの一部ですが、ハタヨーガを理解するためには大切な基礎知識です。「ハタヨーガとは何か」をわかりやすい説明で徹底的に理解するワークショップです。

 

セッション終了後はディスカッションの時間を設けます。

通訳さんが間に入り、先生に疑問点を直接質問していただけます。


詳細・お申込みはコチラ
http://www.lotus8.co.jp/workshop/1278-16774.html
 
********
 
少しファッションにもなってきているように感じられる近頃のヨーガ。
今一度ヨーガの本質をきちんと知ることがとても大切。
本質を知らなければいくらプラクティスをしてもそれはどこに到達するのでしょうか?
 
Trupta先生が日本のヨーギ・ヨギーニに認識される日を夢見てコーディネーターをしてきました。
 
これを読んでくださった皆さんにはこのチャンスを逃してほしくないです~~~!!
 
私のためでもSamyak Yogaのためでもなく、
みなさんご自身のために是非ご参加いただきたいと思います!!!

 

 
 


 




2015年4月21日火曜日

ジョーティシュリングをはずす

私の右手の指から遂に二つのジョーティシュリングが外れました。

薬指のルビー、ついで人差し指のイエローサファイヤ。
残るは小指のパール(シャンティのため)だけとなりましたが、
これも時間の問題と言われています。

初めてルビーのリングを外した一昨日、Mさんはその時私を見て涙ぐんだ。

指からも胸からもまゆみさんのエネルギーが溢れだした、と。


そして翌日の昨日、

「こっちもいらないよ」

と言われ外した。

ついでにマイソールでお坊さんに巻いてもらった紐(名前知らない)も「取っていいよ」と言われ、今日ガンガーに流してきた。


最初は「ダサっ!」と思ったジョーティシュリングも、さすがに6年も肌身離さずつけていれば分身のようになる。
なのに、外して物足りなさを感じたのはほんの数分間くらいなもんで、
なんだかもう苦しくてつけられない気がする。

気のせい?
思い込み?
なんかわからないけどエネルギーに敏感になることは悪いことじゃないと思う。

世俗(っていうのか?)には鈍感な方がいい、たぶん。
感覚を研ぎ澄ませてキャッチしなければいけない情報はfacebook上にはない(笑)

そんなのいちいち敏感になっていたらビョーキになるだけだ。


あ~、すっきりしちゃったな~、なんだか。
 

「魂」を理解する

先日ラムジュラのたもとでたまたま出会った日本人女性Mさんと3日間連続でデートした♡

彼女もまた私のターニングポイントに用意された人だったようだ。
彼女自身が私にそう言ったの。
鳥肌立つよね・・・

私たちは3日間たっくさん話をした。
私は自分の未熟な心の中を丸ごとさらけ出し、
彼女は終始にこやかにすごい宇宙の法則をたくさん教えてくれた。

昨日彼女を私がステイしているアーユルヴェーダDr.のところに連れて行って3人で話をした。

このカジュアルなシチュエーションで話せれる話の中身はどんなワークショップよりも私に学びのテーマとインパクトを与えた。
一万円出したってこんなワークショップ受けられないよ(笑)

ありがとう!神様!!(調子よすぎ^^;)

アートマ・・・わかってたつもりだったけど理解しきれてなかったな。ま、まだまだだけどね。

パラマートマ・・・そんなの聞いたことあったっけ??ブラフマンと違うの?それ?
  なんてアホなこと言っても、彼らは微動だにせずただ私に優しく説いて聞かせた。

Yogaとは・・・根本の根本の...一番大切なところ、2人は同じことを言った。
   「Unity」 それがヨーガ。ヨーガをするとは結合すること。一つになること。


私たちの魂は学びを重ねながら次の生、次の生へと移っていく。

今あちらの世界では早く生まれて学びたい魂の渋滞だという。
今この世界に肉体を持って生きている私たちは選ばれた魂だという。

魂たちは早く学びを終え、輪廻のサイクルから抜けたい。
だから早く生まれたい、ということ。

誕生待ちの魂が無くなった時がこの世界の終り。 だという。


前にテレビで太陽の光とhoneyだけで生きているという人を見た。
その時は特殊体質なんでしょ~とか思ってた。

でもヒマラヤにはそんな人がたくさんいるんだって。
太陽の光だけで生きている。
プラーナだけで生きている。

マジかっ!!と食いつく私にドクターは優しく言った。

彼らは前世、前々世...からヨーガをしているのだと。


Mさんは一日一食しか食事をしない。
一日の長い時間を瞑想に使う。
眠る時間も短い。
まったくそれで問題ないらしい。

1999年にヨーガ(=瞑想)を始めたと話す彼女にドクターは
「でも彼女が始めたのは実際は1999年ではないんだ。前の世からヨーガをしているから彼女にはそれが自然にできる」と。

ここに文字で表すのが難しいけれど、
この場でこの話を聞けたことに胸がいっぱいになる。

英語だから取りこぼしている言葉が多々あろうことは勿体ないけれど、
それでも今まで脳みその上を滑っていたことがここで刻まれたように思う。

私の準備が整ったのか?

いや期待するのはよそう。

だって私はそれでも私だもんね(笑)
 

2015年4月20日月曜日

聖なる地で改めて俗に目覚める

すっかり干からびて「おじさん」になってしまったかと思いきや、
いきなり「女」復活のワタクシ(笑)

この聖なるヒマラヤの地で男のことばかり考えている。
なんて俗なんだっ!!!(笑)

6年前初めて訪れたこの地リシケシで私は「聖なる」ことに目覚めた。

清いことが清々しく、私の中にあった純粋さが「これでいいのだ!!」と表に出てきた感じ。
自分で純粋とか言ってるのバカみたいだけど、
私をよく知ってる人ならわかる。
どんなに不良みたいなことしてても中身はアホほど純粋なのだ(笑)

極端な私はそれから完全なベジタリアンになってみたり、
日本で白装束の女になってみたり、
映画も見ないし音楽も聴かないしテレビも観ない人になってみたり・・・

極端に「そっち」の方ばかり見るようになった。

本もそんな本ばかり読んだ。(そのわりにはいまだに大した知識がない。頭がワルイ・笑)


最初は何でも楽しいのが相場。
だけど清い私自身に慣れてきて、なんだか少し人生が窮屈だった。
だけどそれにさえ気が付かなかった。
当たり前のことで苦しんでる、又は私の心が間違っているから苦しいんだって思った。


そんな極端な状態はだいぶ和らいでいたとはいえ,
今回のこのインド滞在まで「何かわからなさ」の中でモヤモヤしていたのだ。


なのに私が大きく変わったきっかけとなったこの地リシケシで
私はもうワンステップ自分の中に入ることができた!

今回トリバンドラムからインドに入って、リシケシにたどり着くまでに、
いろんな地でいろんな思いを経験した。

いろんな思いは私に・・・私の魂に、かな?・・・「私」を教えてくれた気がする。
私が私らしく自分の人生をエンジョイする方法。

その入り口に連れて来てくれた!


恋してると景色まで変わっちゃうじゃん。

ファンキーな音楽聴いてると何だってノリノリでできちゃうじゃん。

ちょっとお酒飲んでいい気分になったりするの、しあわせじゃん。


私の20代後半は酒とバラの日々だった・笑
恋ばっかりして、でも人生はノリノリだった。

その日々に戻りたいとか戻ろうとかそれが正しいとかはさすがに1ミリも思わないけれど、
私の本質はそこにもある。

そこにも。

そして「聖なる」場所にも。


バランスなんだ。

あ~一本気過ぎてこんな当たり前のことがうまくできなかった。


バランス。

これからの人生が急に楽しみになっちゃった♪
きっとバカなことするけど、それが私だから♪
私の人生をエンジョイしよう♪

リラックス&エンジョイ。


 

2015年4月17日金曜日

私のインドはここリシケシから始まったんだ・・・

今朝からタブレットが全く機能しなくなった・・・
wifiもキャッチしないし、写真まで撮れなくなった。さすがにショック。。。

要するに残り9日間のインド滞在は全く写真も撮れず、
もちろんfacebookやブログにも写真投稿ができないということ。

悲しい・・・

でも、ま、いっか。エッセイとかは文章だけだけどおもしろいもんね。
私エッセイ読むの大好き。
なので日々の思いは文字で残すことにしよう。


今朝は6時頃起きた。

リシケシは昼間は暑いけど朝晩は水を浴びれるような気温ではないので
バケツにお湯を作って行水をして、
軽くプラーナヤーマとアーサナをして、
ドクターが運んできてくれた甘いチャイを飲んで(北のチャイはやっぱ甘いな)
アールーポランタの朝食をいただいて・・・

まさに北インド!!な日々です。

蝿がいっぱいです。

あ~そういえばリシケシってこんなだったな~って
いちいち昔を振り返ってしまいます。

今はTapovan(ラクシマンジュラの近く)のアーユルヴェーダドクターのお宅でお世話になっているけれど、私が初めて滞在したリシケシはこんな素敵に旅行客向けにされた場所ではなくて、
あの最高にごちゃごちゃした人と車と牛と豚と・・・色んなものでごった返したサブジマンデーのすぐ近くだったのだ。

昨日は2つの橋の近くをウロウロしたけれど、今日はそのごちゃごちゃのリシケシの町まで行ってみた。
ギュウギュウ詰めの乗合オートから眺める景色で当時を思い出した。

今回もドクターが笑って話していたけれど、
私は初めて訪れる何もわからないインドで、一人自転車に乗ってかなりの距離を毎日クリニックまで通っていたのです。
そう、この橋・・・そういえば自転車で渡ったな~なんて思いながら。

まずはトリベニガートに行った。

初めてのガンガーはここだったから。

「ガンジス川に行きましょう」と言って連れてこられたこの場所。
ゆるやかに流れるグリーンの川。透き通った冷たい水。

テレビで観るヴァナラシのガンジス川しか知らなかったので「ぽか~ん」としたのを覚えている。

その場所に一人で行って、サンダルを脱いで、ゆっくりと足をガンガージーに浸した。

ひんやりとする
すーっとする

何かガンガージーに入る時の儀式があったような気がするけど忘れちゃったな~。

子供たちが物乞いに来る。
私は正直子供の物乞いにものすごく嫌な気持ちになっちゃうんだー。
外国人を見ると足元に絡みついていつまでもお金をくれと手を出している。
こんなことをさせている大人に無性に腹が立つのだ!
こんな小さな子供にそういう生き方を教える大人に腹がたつ!!

通じるわけないけど
「そうじゃないでしょ?違うでしょ?」と日本語で子供たちに言いながらお金はあげなかった。


今日はリシケシに到着して初めての晴れ。
南の湿った暑さとは違う、乾燥した暑さ。結構しんどいな、これ。
ってわけで、「そうだ!この辺りにリシケシ一美味しいラッシー屋があったはずだ!」
とテクテクテクテク歩いてみたけどついに見つからなかった(泣)

疲労困憊。
ゴールドジュエリーショップを見たかったけどあっさり諦めて、
ラムジュラに向かってオートに乗った。

とにかくこっちのオートは詰め込めるだけ詰め込むので、
隣りのお兄ちゃんと半ケツ状態。筋肉痛になるよ。。。とほほ。


ラムジュラではfacebookでおすすめされた「マドラスカフェ」に行ってみたよ。
wifiもけっこうサクサクと聞いたけれど、自分のタブレットそのものが壊れていてwifiがキャッチできないことをここで知って撃沈。。。

撃沈でも腹は減る。
久々のマサラドーサを注文した・・・っていうか私今回のインド、これが2度目のマサラドーサかも。
南に一カ月半いたけどそういえば今回はいつにも増してローカルだったな~と今になって思うわ。

ちょっとしょっぱかったけど久しぶりなのでガツガツ食べ・・・うん、私やっぱり食事は断然南派(^-^)

その足で今度はラクシュマンジュラのLASSI BARに行きマンゴーラッシーを飲み・・・
ここのラッシーは素晴らしいよ♡
ほどほどに冷えていて、フルーツの果肉もゴロっと入っていて、上にはナッツやレーズンをトッピングしてくれるの♡
木のスプーンもお洒落で店内も扇風機で涼しい。
これで50ルピーなんて♪♪
すでに2連チャンで通っているけど、全種類制覇するまできっと毎日通うと思う♡
残すはバナナラッシー、スイートラッシー、チョコレートラッシー、クリーミーラッシー。

そして更に帰り道、どローカルのクルフィー。アルミの逆三角の中に棒を突っ込んで甘ーいミルクを固めてあるような、屋台で10ルピーのやつを買って食べた。

インド人かよ?!

と自分で思った(^ ^;;


とにかくなんだか疲れて疲れて・・・相当大量に歩いてると思う。

あ、全然タイトルと内容が外れてた!!(笑)

そう、でもこんな不便な感じのインドが私のインドのすべてだったんだ、最初は。
これがインドだと思ってた。

すごい不便だけど何だかものすごく心惹かれたんだ。

そして今の私がいる。

 

2015年4月16日木曜日

ぶっきらぼうだけど愛がある北インド人

只今リシケシです。

リシケシは私の初めてのインドで訪れた場所。
2009年と2010年のインドの思い出はすべてここにある。

私のインドはここから始まった。

5年ぶりに戻ってきました。

デリーからリシケシ行きのバスに乗った時、
Bumpy過ぎる道、砂埃で顔も髪の毛もじゃりじゃりになる空気、そこかしこでする便所臭、
人々が吐く赤い液体(何なの?これ)・・・

あ~そういえばこんな感じだったな~。
大丈夫かな?私、北インド・・・

南インドのフレンドリーな感じや汚くないインドに慣れきってたので、

すぐ帰りたいかも・・・

という思いがよぎったりもした。


バスのドライバーの運転は荒っぽ過ぎて乗客からブーイングの嵐。
私も何度も1mくらい飛び上がり疲労困憊。

途中から大雨雷の本当の嵐になりバスは雨漏り。
大丈夫かしら~ん・・・と少し不安になるものの・・・・・

今回のインド旅はいちいちツイているので大丈夫という確信もあり、
必ず誰かが助けてくれる。
一言声をかけるだけで必ずインド人が面倒見てくれるのが今回のインドなのだ。

(今も大股開きでパソコンしてると甘いチャイが運ばれてきた。まるで姫♡)


北インド人は基本的にシャイなんだと思う。
自分から笑顔でおせっかいをやけないけれど、
こちらが困って話しかけると笑顔を見せて出来る限りのことをして助けてくれようとする。

道を尋ねてもそう。雨宿りをさせてもらってもそう。
不器用だけど気持ちのあるその感じと出会うと何だか胸がキュンとする。


ラクシュマンジュラとラムジュラの距離感とかも忘れてしまって、待ち合わせ場所の距離がつかめず、きっと不安気に歩いてたんだと思う。
乗合オートのおっちゃんが空っぽのオートで走ってきた。

私を見て運転席の隣りの空いてるスペースをバンバンと叩いた。
「乗れ」と目で合図をする。

いくら?と訊くと
「いらねーよ。早く乗れ。」と目で合図をする。

キュンっ!
(ちなみにヒンディ語の「どうして?」の意味ではなくハートが鳴いてる音。念のため)

帰り道。またラムジュラからラクシュマンジュラ方面に重たい荷物を抱えてフラフラ歩いていると、また違うぶっきらぼうなおっちゃんが自分の隣りに乗せてくれた。

キュンっ!

ただの小汚いおっちゃんにキュンキュン言いっぱなしの私(笑)


ここら辺をその気になって練り歩いてる欧米人よりもインド人の方が人への思いやりはたくさん持っている。
 

2015年4月12日日曜日

その人の手

コーチンにてしばし沈没中のワタクシでございます。

いよいよ明日の14時にはここを離れなければなりません。
また10時間ほど列車でバンガロールに戻り、そこから飛行機でいよいよ北に向かいます。

結構な金額をはらって飛行機の日程を変えてまでコーチンに来たのは、
前回のここでの経験がイリュージョンではないことをはっきりさせないといけないと思ったから。


ブログ上でも何回も言ってるし、過去記事でもあからさまですが、
私は突然ものすごいスピードで色恋に情熱を燃やす時がある。

自分のエネルギーが弱い時には自分で言うのもナンですが、
つまらない男に熱を上げて、感情を振り回されて、うかれたり、泣いたり、怒ったりしながら、
最後には「あいつは最低だった」という結果でやっぱり終わる(笑)
そんなアホみたいな数々も経験し・・・

でも自分のエネルギーがちゃんと中心にある時には、一生「いい男だ」と思い続けられる人と関係を構築することができる。
そんな人はこの人生で・・・3人かな?

今回の渡印で出会った南インド人のこの人は出会った瞬間に私にいい印象を与えた。

その印象は今も変わることなく、知れば知るほど特別な印象を私の胸に刻んでゆく。

たぶん私と彼とは前世とか・・・前世という表現が胡散臭ければ、何かこの宇宙のエネルギーの法則の中の何かでつながっていることは間違いがない、と思う。
だから私にとって彼が特別なだけではなくて、彼にとっても私は何か特別なようだ。

こういうことは美しい男女のラブストーリーの中でのみ起きることではなくて、
不細工なおばはんの身の上にもおこることなんだな(笑)

そう、だから私にとっては彼のすべてが特別なのは当たり前だとしても、

「彼の手」はある意味可哀想なくらい特別なのだ。


う~~~ん、このブログ上にどこまで書こうかなぁと考えながら書き進めていますが・・・

その人はセラピストで、初めて会った時に「この仕事は僕のカルマだと思ってやっている」という話を聞きました。
受け取り方によっては彼がセラピストであることも、カルマという言葉も胡散臭い。

アーユルヴェーダマッサージと言ったわけではないけれど、この辺りではアーユルヴェーダオイルを使ったマッサージが当たり前。
アーユルヴェーダは異性へのマッサージはNGなので、いつもの私なら考える余地もなく「この人はインチキ」という答えを出す。
※コヴァラムでも男性が女性に施術をしますが、かと言ってインチキというわけではありませんので悪しからず。

でもこの人はただただ穏やかにニコニコして話すだけなんだけど、どうしても何かを持っている気がしてその興味を切り離すことができなかった。

そしてマッサージを受けることにした。
人生で二度目の異性セラピスト。(一回目は「え?男がやるの?」という自分の選択ではない状況でそうなってしまった。@コヴァラム)

最初は全然心も体もオープンに出来なくて、要するに心の中ではその人にまだ疑いも持っていたので、そういうのは完全に体に出ているらしい。

私はその人が本物かどうかを頭の中で探っていた。
私もエステスクールやアーユルヴェーダセラピスト研修でマッサージのトレーニングを受けたので、手技や順番がどのくらい正確かはわかる。
その人の手技は「どこで学んだんですか?」というくらい素晴らしい。

その手が置かれるだけでその手が役割を持っているのがわかる。

彼はシーズンオフには毎年フランスに呼ばれるらしい。
だからなのかこの宿はフランス人が多く、彼はカタコトのフランス語を話したり、フランスの事を話しているのでこれも嘘ではない。

フランスにクライアントを持っていて、そこでセラピストとして数カ月間仕事をするそうだ。

私が「アーユルヴェーダは異性へのマッサージはNGでしょ?私は今まで絶対いやだと思っていたよ」と言うと、「僕のフランスのクライアントは全部女性だよ」といってただ笑った。

「ルールだから」という理由だけで何かを否定したり、自分の中にもそのルールを持ちこむなんてどれだけ不自由なんだ、いう意味の微笑みに見えた。


彼の手は私がまだ心を閉ざしていた時も、心の緊張をほどいたときも、その状態をキャッチしていた。
私が知る限り一番心にも身体にも効く施術をするセラピストだ。
こんなに完璧な施術だったら毎日お金払ってしてもらいたい。
なので彼の時間がある限り、ちゃんと予約をして今もマッサージを受けている。


「あなたの手は何なの?ちょっと見せて」

実際に私の手で触れる彼の手は堅くてゴワっとしている。
だけどその手はやっぱり手で触れても何かを感じる手だった。

「この手は神様からのギフトなのね?」
私がそう言うと、

「そうなんだ。だから僕はこの手を使って仕事をしなければいけない。
この手を使って人の苦しみや悲しみを取り除かなければいけない。
それが僕のカルマなんだ」

その手は神にもらった素晴らしいギフトだれど、
その手の持つ役割を果たすことに喜びを持ってその仕事を為している彼を見るのは何だかとても切なくもあった。。。


施術中に薄目を開けて彼を見る。

その姿はまるでブッダだった。
クルクル頭で腰巻姿のせいだけではなく(笑)
その伏し目の変わらない表情と、背筋を伸ばしてただただ施術に集中する姿。
全てが淡々と確実に行われる。


トリートメントと言うのは最終的に何がどのように治療されたのかが大切で、
イメージやルールや理論の世界ではない・・・と私は思う。思った・・・。

もし自分の中にこだわりや不要なルールや偏見や・・・そんなものをもっていたら、
私はいまだに癒されるという感覚や、リラックスするという感覚を知らずにいたと思う。


たくさん勉強して、たくさん知識をつけて、その知識の中でのみYES/NOを決める。
自分の中だけならまだしも、それに人を巻き込む。

それはとてもこわい世界だな、と今思う。

一番大切なのは外を見ることじゃなくて内を見ることなんだ。
うん、それは皆知っていると思う。
知っていてもやっぱり外を見て、自分の感覚じゃなくて、誰かの感覚を信じる。
だからいつまでたっても自分を解放できないし、自分の喜びを見つけることができない。


タイトルから話は大幅にズレていますが、
沈没中にこの辺りまで来ています(^-^)
毎日毎日私は変わってきていると言われます。

ここを離れて人生を教えてくれる先生が身近にいなくなっても、
なんとなく大丈夫な気がします。
う~~~ん、どうだろうな?
ま、いいや先の事は。






 

2015年4月8日水曜日

「愛」を学ぶ

今回のインド滞在のテーマは

愛を学ぶ

なのかなぁ~


これまで50年も生きてきて今更こんなこと言うのもナンなんですが・・・

これまでの人生、あまり「愛」にフォーカスしたことなかったような気がする。


愛というものがよくわかっていなかった?

マヤ歴の占いには「愛に課題を持って生まれてきた」と出ていた。
ふ~ん、とか思いながらちょっと気になっていたんだ~。


家族愛とか・・・難しいんだ、私には。
家族のことを思うとなぜかいつも涙が出る。
離れているからじゃなくて、一緒に住んでいても涙が出る、というより泣く。

なのに憎んだりした。だからたぶん泣くんだ。


恋愛の「愛」は・・・
その人に食べられて死にたいとかいうアホみたいな思いは
愛ではなくて情熱だ。

結婚した時、旦那さんへの愛は異性ではなく家族への愛に変わった。
そのことに混乱して結婚は終わった。
そんな離婚だったから今でも彼とは仲がいい、ってことなんだな。


本当に私は初めて人間をやってるんだな~とよく思う。
生き方が笑っちゃうほど不器用だし、わからないことが多過ぎるよ。


でも今回のインド滞在で今まで私の世界にはなかった感じが広がっているの。
私はフレンドリーだけど知らない人にすぐにあったかい気持ちをもったりするようないい人じゃない(笑)

しか~し、今回は同じゲストハウスに滞在しているスイス人とかフランス人とかと普通に仲良く一緒の時間を過ごしている。心地良く時間を共有できるんだな~。
心の中にいつも「ニッコリ」みたいなものが存在している。


でもね、さっきそれが危うく壊れそうになって混乱した。

あ~私の大好きなダーリンはゲストハウスのマネージャーなので、
そりゃお客さん連れてくるし、やさしくするさ。

彼のしあわせは私のしあわせ。

って思ってたはずなのにしょんぼりした気持ちになった。



この嫌な感情は久しぶり。

これは違う、絶対に。

そう思って外に散歩に出かけた。

微笑みに微笑み返したり、おじちゃんたちと少し言葉を交わすうちに、
うん!この感じ!っていうのが戻ってきた。

確実に世界は自分が作っている。

うん!OK!今回のインドは本当に私にやさしい。いつも助けてくれる。

そう思って弾むように歩き始めたら
後ろから彼のバイクが走ってきて、満面の笑みで
「早く後ろに乗って」って・・・

いつもそこに愛はある。

それを見ようと思えばそれはいつもそこにある。
ただ自分がそれを見ないで闇を見ていただけ。

行きつ戻りつ少しずつ前に進んでる気がする♪♪




 

2015年4月7日火曜日

こ~れ~も~愛♬

私の人生、色恋はもう終わった・・・

と思ってました。

あんなにバカみたいに恋してたのに・・・もう誰にもピクリとも心が動かないわ~

と思ってました。

もうカラッカラでどこからも水分なんて出てきやしないわ

と思ってました。


でも私、今自分の分身みたいに思える人がいる。

ソッコーで恋に落ちるのは私の得意技だったけど、・・・・・

落ちなくなって久しいし・・・

なんかそれとは違う。


ドキドキするような思いじゃなくて

顔を見るだけで

「居てくれてありがとう」

って、あったかい気持ちがこみあげてくる。

なんでこの人はこんなにいつも微笑んでいるんだ?
ラクダのような目で私をみるんだ?
なんでこんなにすべてを受け入れてくれるんだ?


この生を受けて50年目にこの人に出会った。
出会って、一瞬交差して、また離れていく。


それでも全然いい。

私は今この瞬間を十分に楽しんでいるし、十分に満たされている。


この人と出会ってから私はすっごく変わった。

「満たされている」状態を初めて知った。

初めてその方法がわかった。

だから自分一人でもそれができるようになったんだよ。


今、私はどこにいても、近くにいる人に心を開いて自分を見せることができる。
そうするとどんなことが起きるのか・・・

それだけで世界がこんなに優しくて楽しくなることを初めて知ったよ。


またこんなこと言っちゃってるよぉー、という声が聞こえてきますので(笑)
この辺で終わりにしておきます。






 

2015年4月1日水曜日

さよならコヴァラム

明日の昼前にコヴァラムを出ます。


今朝いつものように薄暗い時間にテラスに出て、
ヨガマットをしいて、
太陽の出てくる方向を正面に座った。
空がだんだん明るくなって椰子の木の影をくっきりと浮かびあがらせるのを見ながら、
自然と胸の前で手を合わせた。

私はこの土地で何百日こうやって朝日が昇るのを見ただろう。
いつも少しの苦しみと
少しの悲しみと、
ある時は大きな希望を持って、
ある時はこの南の楽園で絶望をしながら。

「自分がやりたいことをやる」
そればかりを考えていた。
そうすれば私は幸せなんだ、と思っていた。


でも・・・なんか幸せじゃなかったよね。
苦しんでたし、
怒ってた。



今思うとほんと笑える。

私のインド滞在はどうカッコつけようと思ったって「ドタバタ滞在記」だ。
自分で過去ブログ読んでても面白いもん。
すっごく暇なときは3時間くらいブログ読んだりしてるの。笑(アホだ)


でも今回の滞在は今までのように感情の波もないし、
ただ穏やかに・・・今までだったら必ず「ツイてない」結果になったと思われる状況で、
「ツイてる♡」になるのが今回なのだ。

なのでドタバタフログは今回書けません(笑)
しいて言えば超お気に入りの折りたたみ傘をたぶんコーチンのリクシャのオヤジが盗ったこと。
違ったらゴメン。
でもそこまであったし、そこからない(笑)
コーチンは24時間荷物を外に置いてたって心配ない、と言ったのはその人なのに(笑)
その傘はやたらインド人に褒められる傘だったので、そんなに高いとも知らずに悪気もなく拝借したのかもしれない。
まぁそんなことはどうでもいいや。


今回来る前から思っていた「今までとは違う意味の滞在になりそうな予感」は
今そのまま現実に起きている。そんな感じ。


だって私はもうコヴァラムにこない気がしている。。。


だから何百回も行き来した裏道を歩きながら周りの景色を見て心が「さようなら」ってつぶやくんだ。

ここに居る意味、ここに来る意味が・・・ここに来る必要が・・・なくなった。
ということ。


いろんな経験をした。
いろんなこと、わかったよ。特に人間と人間の関係について。


象出身なので、人間のいろんなことがわかっていなかった私です。
いい歳をしても小さい女の子みたいに純粋な私です(自分で言うか?笑)
裏切られたり、騙されたり。
でも今わかる。
それは私のエゴからきたものだ。

悲しみや苦しみもおおよそ私のエゴが生み出したものだろうと今わかる。


わかるだけでこれからどうなるのかはわからない。


でも、今までどうしても自力で登れなかったたった一段の階段を、
上から差し出された手につかまってみたら、きゅっと引っ張ってくれて
「お、登れたっ!」
って感じ。


でも・・・
意味があったんだよね、ここに長い事居る・・・


ありがとね。
いろんなことおしえてくれてありがとう。

毎日癒してくれた海、太陽、鳥の声、椰子の気、呑気な人々・・・
ありがとう。コヴァラム。



 

インド人の夫婦関係の不思議

私とジョイはなんだか少し大人の関係っていうか・・・
穏やか~に色んなことを話す関係です。

何年か前まではお互い顔は知ってるけどよそよそしく挨拶する程度。
だけど去年彼が管理している宿に泊まるようになって、彼の良さがよ~くわかった。
前回の滞在の後半から彼の宿一筋です。

私基本的に声のトーンが優しくて、大きい声を出したり声を荒げたりしない人が好き。
なので彼とは穏やか~な調子のまんま色んなことを話すわけです^^


今日もまぁなんてことない話をしていた時。

「私昨日眠れなかったんだよね~。全然眠くならなくてさ~」
「ホームシックになったの?」
「ホームシックにはならないよー。一回もなったことないよ」
「じゃあ彼と離れてて寂しくなったのか」
「彼いないし~」
「どうしていないの?必要でしょ?寂しいでしょ?」

これは明らかに
「心をシェアする相手がほしいでしょ?」の意味の他に
「人肌恋しいでしょ?」の意味が含まれていることは確か。

なんつったってインド人の性欲は世界一なんですから(笑)

「でもさ~、ジョイだっていつも家族と離れて暮らしてて寂しくないの?」
「寂しくないよ~。シーズン中は忙しいし賑やかだから寂しさなんて感じないし、たまにはヴィレッジに帰るしね。一緒にいないほうがうまくいくんじゃないの?」

えええ~~~
そういう感じなんだ。

でもここらのインド人、別居状態の人がほんっと多いもんね。
かと言って夫婦仲が悪いわけでもない・・・ただ家族の影が薄すぎて不思議なんだよね。

「この辺の男たちはよく湾岸に出稼ぎに行って2年に一度くらいしか帰ってこないでしょ?皆とは言わないけどあっちで家持って女の人と暮らしてる人も多いよ」
と言う。

「奥さんは何も知らないの?」
「そりゃ内緒だもの。奥さんだって職場の男とデキてたりするんだから」

いや~、それホントよく聞く話なんだよね。
インドは性に関して案外モラルがないっていうか・・・
家族を持ってるのに堂々と異性にパッション持っちゃう人、普通に見るよね。

私は言いました。

「いやいやいやいや、だからそれが不思議なのよ。
日本は結婚したら夫婦及び家族は一緒に住むのが当り前よ。
別居は離婚の始まりだよ、たいてい」

「いや、インドはまだまだ離婚が簡単なことじゃない。
そりゃお互いに思いやりあって素晴らしいパートナーとして一生一緒に過ごす人もいるよ。
・・・でも、ほんと一握りだね。アハハ・・・」

「結婚していたってある時ある特別な人とのエナジーが交差することがあるんだ。
そしてその人との関係が始まる。そしてある時またそのエナジーが離れて行くときがくる・・・」

ジョイ自身はあからさまにやんちゃをする人ではないけど、
普通にそういうフィロソフィーの中で生きてるのね。
そして私は・・・どうだろう?・・・結婚していたら相手を裏切るような気がしてできないな~。

結婚してても堂々と恋愛をするってスゴイよね?
皆が皆とは言わないけど、日本の「不倫」みたいな感じじゃないのが多い気がする。
ま、もちろんコソコソと一日100回くらい電話をしあう不倫カップルもいるみたいだけど。

現代のインド人夫婦も相手を神と思う。結婚は修行なのである。なんて思ってるのかどうかわからないけど、家族の影はものすごく薄いながらも隠すわけでもなく・・・
自分自身の人間として生きる自由をしっかりと主張して生きてる人をたまたまかどうか、よく出会うんだよな~。類が友を呼んでしまっているのだろうか?

でもインド人はそれでもネガティブで、人をねたんだりする人が多く、人生をエンジョイしている感覚で生きてる人はあんまり多くないと思うと言っていた。

なるほどの連続の今日の世間話でした。

毎日がなんだか面白くてたまりませんな。


 

2015年3月29日日曜日

わたしのフォートコーチン


私のイメージではフォートコーチンはコロニアル調の建物とお洒落なカフェだった。
(ま、調べりゃいいんですケドね。余計なことはするんですがやっといたほうがいい事はやらない人)

なモンで、「じゃあせっかくだからお洒落なカフェでサンドイッチとか食べちゃおうかな~♪」とか
「アノーキで洋服買お♪」とか、ホントにそのくらいのことしか考えてなかったかも(^ ^;;

間違えて降りた(というか違う列車に乗ってしまった)エルナクラムタウンから、仕方ないから乗ったリクシャのドライバーがめっちゃ明るい人で、たくさん観光案内をしてくれたおかげでソコソコのイメージはつかむことができて、どうやら魚をとる町らしいと(笑・そんなことかい?!)

じゃあ朝起きたら海まで行こうっと♪♪
と、まだお店が開いてない時間からブラブラ町を散策がてらビーチの方に出てみた。
オープン前のお店もなかなか雰囲気があってよい♪
やっぱり町並みはコロニアル調で素敵。

ビーチといっても海水浴のビーチではなく、チャイニーズネットという方式で魚を捕まえ、そこかしこで魚を並べて売っている海岸。
でも私、漁師さんとか大好きなのでこの海岸沿いにどハマりして滞在中毎朝ウロつきに行っていた^^

この周辺に朝早くから集まっている人達、みんな笑ってる。
男たちが何人も集まって楽しそうに話している。

いっぱい積んであるココナッツ飲みたいけど売り物なのかな~と思って見ていると、
おじちゃんが「飲みますか?」って丁寧な感じできいてくれて、甘くて美味しいココナッツを選んでくれた。笑顔が優しすぎる♡♡♡ きゅん♡

ルンギーの裾まくった男たちがブラブラとチャイを買いに行くお店で
チャイを買ってると、
「うまいか?」「まだ飲んでないのか?熱いのか」と楽しそうに話しかけてくる。

あ~~いいな~この町。

そんな気持ちで宿まで帰る道をまたブラブラと散策しながら歩いていた。

ま、観光地なのでリクシャとかお店の人とか色々と声がかかる。
そんなのを適当にあしらいながら歩いていると一台のバイクが横を通り過ぎて、
「ナマステー」とすっごいイイ笑顔で通り過ぎざまに言うので、なんだかいい気分になって
「ナマステー」と返した。

少し歩いた頃にそのバイクが戻ってきて、何を話しかけられたか忘れたけれど、とにかくその人はゲストハウスをやっている人で、そこに昨夜まで泊まっていた日本人の女の子と私が昨夜たまたま会って話をしていて、その女の子の話で盛り上がった。

たったそれだけのきっかけで、私のベタな感じで始まったはずのフォートコーチンが、私の人生を揺るがすかもしれないくらいの(そりゃ大袈裟か?笑)不思議な滞在に変わってしまったのです。


その人はカルマの話をした。終始ニコニコしながら「僕は人のためにいいことをするんだ。それが僕のカルマだから」
?いや訳が違うかな?まぁそういう話をした。
今回のインドは静かに真面目にカルマを語る人に縁がある。

そしてその人の口からはユニバーサルエナジーという言葉が出てきた。
これもまた今回のスリランカからの旅のキーワードなのです、実は。

なんとなくその人に興味が湧いた・・・という感じから、
私はなんとコーチンを離れるバスに乗る瞬間までその人と一緒にいることになった(笑)

私はその人に心の中をえぐられた。

「なんでそんなに悲しみを抱えているの?」
「何に対して怒りを持っているの?」
「エゴを手離しなさい!」

・・・・・と言われた。

「もっとリラックスして生きればいいんだ」
「人生を楽しんでいいんだよ」
「過去に何があっても関係ないんだ。すべては今だよ。今が始まり」

「一番大切なのは愛なんだ。ただ愛の気持ちで生きればいいんだよ」

その人は本当にただただあたたかい愛で包んでくれていて、
私はそれからずっとあったかかった。

目に映る景色はもっとキラキラした。
宿のおばちゃんは「若返ったよ!20か21くらいに見えるよ」と言ってくれた(笑)


結局一泊追加して3日間フォートコーチンでただブラブラ歩いて、いつものように牛や山羊の写真を撮ったり、お洒落なカフェにも一回くらいしか入らずに、ローカル屋台でおじちゃんに囲まれてご飯を食べたり、


宿でその人が用意してくれるホームメイドのご飯を食べたりして過ごしていた。


暑い昼間はテラスから外をボーッと眺めたり、夜遅くビールを飲んで、ご飯を食べて・・・
健康と美を追求する日本女性が絶対にしない生活だ(笑)
日本人観光客をたくさん知っているその人は、私をインディアンジャパニーズだと言って笑っていた。けど、喜んでいた。


あてもなく行ったこの町。

その人は
「たぶん今がターニングポイントなんだ」
「新しい人生だと思って生きればいいじゃないか」
と言った。

つい最近「この生でもう一回生まれ変わればいいじゃん」と言った友人とかぶってびっくりした。

あてもなく行ったこの町でこんな気持ちになるなんて。

もうここには書ききれませんからここら辺で終わりにしますが(笑)
私50歳になってこんな面白い旅ができるなんて期待もしてなかった!

面白さで言えば私の人生はピカイチだな(笑)





南インド伝統舞踊劇カタカリ

正直コヴァラムには飽きていて(笑)
でも4月3日にマイソールに行く予定が決まっているので、それまではせいぜい近場にいないといけない。
まぁそんなに日にちがあるなら本来は外国にも飛べますが、経済的余裕と体力の問題であまり大胆なことができないワタクシです(^ ^;;

というわけで・・・そうねぇ、この辺りで行ってみたいっていったらコーチンくらいかな~、
くらいのノリでフォートコーチン(Fort Cochin、今はFort Kochi、だと思います)に行ってきました。

そんなノリなもんでコーチン知識もなく、事前に調べるというような丁寧なことをするタイプではないので・・・案の定降りる駅も間違えたくらいで(笑)

さてフォートコーチで何しましょう?
宿のあてもなし。そんな時にリクシャのカモになるのも私です(笑)
メンドクサイから乗っちゃおうみたいな。
で、高い宿に連れて行かれるのです(笑)

でもまぁ、もうそこそこの相場はわかるので諦めたり頑張ったりしながら・・・そこそこの宿に決めて、勧められるがままに南インド伝統舞踊カタカリを観に行きました。
もう夕方だったもんで知らない場所でやることもないしね、くらいのノリで。

でも何だか劇場?というか小屋のように作ってあるんだけど、そこに入った途端になんだかすごーく楽しみな感じになってきて、全部で2時間半か3時間くらいの時間はあっという間に過ぎました。


 
あの緑色の顔のメイクを始めるところから見ることができます。
 


 
2人目が登場して白塗りを始めた時は、このすっとぼけた人は何をするんだろうと思っていたら、
人間の感情を目の動き、頬の動きで表現する素晴らしいパフォーマンスや
マハーバーラタのお芝居でその人間の感情を表情と動きだけで表現するという、ものすごいお芝居をやってくれました。一時も目が離せない!!!
 
女性役の男性もそれはそれは素晴らしいパフォーマンスで、この舞踊劇で男と女ってこんなに違うし、こんなに特徴があるんだって・・・なんだか人として基本的な部分ですごく感動してしまった!!
 
インドの楽器や歌も、案外興味がなくて、全然知識もなかったんだけど・・・なんだか全部よかったな~。ワタシ アラタメテ インド 好きニ ナッタヨ♡
 
あてもない初めてのフォートコーチンはこんな風に始まりました♪

トリバンドラムからコーチンまで(インドの車窓から)

インドの車窓から・・・なんて書きましたが、特に美しい旅のお話をするつもりは全然ありません。

ただなんだかんだ言いながらまた列車に乗りまして・・・
そうするとまた色んなことを思っちゃうわけなんですねぇ。
いや、ほんとインドの列車くらい人の生き様が見れるところがあるんでしょうか?ってくらい・・・
ドキュメンタリーを見ているみたいです。

今回はトリバンドラムからフォートコーチン目指してエルナクラムまで行きました。
予定をはっきり決めてなかったもんで前日インターネットで空席を確認すると、
一日に何本もあるエルナクラム行きはどれもNOT AVAILABLE。

なもんで、ぶっつけ本番ス。
駅で「エルナクラムまで」というと80ルピーのチケットを渡された。
5時間以上乗るのに80ルピー(160円)・・・こわいよ・・・どんな車両だっけ?昔乗ったよね?
コーチの名前も書いてないし・・・

一応きいておこ・・・

「このチケットでのるコーチは何ですか?」
「これはオーディナリーだから前か後ろだ。もう少しお金を出せばスリーパーに乗れるぞ」
「いやお金は出してもいいんですけど席がないみたいなんで・・・」

というわけで、前の方に行って列車を待つことにした。

長~い駅のホーム。
どの車両に乗るのか、2ACなのか3ACなのか、スリーパーなのか、オーディナリーなのか、
それによってそれぞれの階級の人達がそのコーチのあたりで待っている。
顔も体も服装も目つきも・・・何もかもが違う。

日本で日本人を階級別しようとしたって、目に見えてあからさまに階級別にするのは難しいと思うけど、インドでは上に書いたように顔も体も違うんだよ!

安いお金しか払えない人は顔も体も普通じゃない人がいっぱいいる。
手足が変な人、顔中がイボの人・・・「カルマ」という言葉がいつも出てきてしまう。
日本にもいるかもしれないけど、外では見かけないような人達が
インドにはいっぱいいる。普通に自分の力で生活している。もちろんひどく貧しいけれど。

そんな中にもたまたま私みたいに予めチケットを用意してなかった普通の人もいるんですが。
(すっかり普通の人のつもりでスミマセン・笑)


前回2年くらい前にこの車両に乗った時は壮絶な席取り合戦に大変な思いをしましたが、
今回は親切なおじさんがお尻を寄せてスペースを空けてくれました。
そのおじさんは自分が降りる時に私に「どこまで行くの?」って聞いてくれた優しい人でした。


このような車両にももちろん「ちゃ~い、こぴ」や「わだわだいどぅり~わだ」と連呼しながら売りに来るお兄さんたちはいて、チャイのポットを股に挟んでカップに注ぐ技をウットリと眺めたりします。


荷物を置くための棚に寝る人もいっぱいいます。
それを私も2年前にやったかと思うと・・・あまりのやんちゃぶりにぞっとします。

でもそれよりもどうしようもないおばあちゃんがいて、電車の中でご飯を食べるのはいいけど、どうしようもなく不器用で、皆に迷惑をかけていた。
「あ~あ~」とみんな思いながら、それでも「その袋は噛み切りなさい」とか「向こうに手洗い場があるから洗ってきなさい」とか助言する男性。
横目で見て鼻で笑う女性、知らんぷりの人、色々です。

私はサリーにこぼれてるサンバルが気になってティッシュとウェットシートを渡しました。

もちろんそういう人はありがとうも言わないしニコリともしません。
それに対して私は本気で何とも思わないんだけど、ただただ面白い。
色んな人がいることが面白い。

美しい男の人もいた。
そういう人はお弁当を食べるのもみんなの邪魔にならないように背中を向けて、ササっと食べて(それでも皆ご飯を手で食べるけどね・笑)ササっと手を洗いに行って、その後いい香りのするおしぼりで顔を拭いた。
顔も思わずスケッチしたくなるような美しい横顔でした。
彼は私に「中国から来たの?」とききました(笑)


そう、今回はコーチン滞在中も
1日目はほぼ「コンニチハ」と言われ
2日目はほぼ「ニーハオ」と言われ
3日目は午前中までしかいなかったにもかかわらず「アニョハセヨ」と言われた。笑

なんだったんだろう?